別冊文藝春秋

『跳ぶ男』青山文平――立ち読み 

文: 青山 文平

電子版16号

「別冊文藝春秋 電子版16号」(文藝春秋 編)

「おぬしには言わずもがなだろうが、シテもまた型に則る諸役のひとつだ。主役だからといって、興に乗じて舞うことなどありえぬ。同じことが、御藩主にも言える」

「御藩主、にも……」

「御藩主とて、役を務められているということだ」

 ゆるい歩調とはいえ、竹林はまだ抜けない。話していることとは別に、その広さが気になる。

「御藩主という役をな」

 いかに目付が要職とはいえ、この台地の、なにもかもが縮こまった国で、これほどにゆったりと構えた屋敷を拝領できるものだろうか……。

「勤める側からすれば、おもしろい役ではあるまい」

 又四郎がふつうでなさそうなことをふつうに言って、剛の気が竹林から話へ戻る。

「槍働きの絶えた御代だ。国盗りの頃の大名とはちがう。御藩主の役といえば、代を受け渡していくことに尽きる。言ってみれば、つなぎ役だ」

「つなぎ役、ですか」

「先代から受け渡された御家を損なわずに次の代へ受け渡す……それが、御藩主の唯一にして最大の役だ。時節によって、そのとき果たすべき勤めは変わろうとも、御家をつなぐ役であることに変わりはない。守るだけではなく攻めることもあろうが、守るも攻めるも、つなぐ、なのだ。同じ事案に取り組むにしても、腹の底につなぐ構えが据わっているといないのとではおのずと結果もちがってこよう。この腹構えが欠けたまま、己れの才を見せつけんがために妙な色気を出したりすれば、逆に国柄を傷めて御家が脅かされかねん。そういう御藩主は御藩主としての役を果たされていないことになる。藩士にとって大事なのは一に御家であり、御家をつないでこその御藩主である。忠義を尽くすべきは御家に対してであって、主君にではない。つなぎ役を果たすことができぬと見極めた御藩主には情を排して退出していただかなければならん。行き着く先は、押し込めだ」

「それは、御藩主を?」

 意味は伝わってはいたが、言葉でたしかめたかった。

「ああ、お引き取り願って、逼塞していただく」

 又四郎は想っていたとおりに答え、そして想ってもみなかったことを付け加えた。

「これは身代わりとちがって、御公儀も認めておる」

「御公儀が!」

 臣が君を退けるのを、君臣の軛を糾すべき御公儀が認めているというのか。

「と申すよりも、そんなことは親類一同熟談の上、然るべく取り計らえばよいことであって、いちいち御公儀の手を煩わせるまでもないという御方針だ。御公儀にとっても、領地を封ずる真の相手は御家であって、御藩主なる人ではないということなのだろう」

 語るとなると、又四郎は相変わらず洗いざらい語る。聞くほうが呆気にとられるほどに。本物でさえ随意にすげ替えるなら自分はいったいどうなるのかと、身代わりが逃げ出すかもしれぬのを考えぬのか。それとも、考えた上で、語っているのか……。

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