画風としてはこれと対照的な、第七章「私的通信」のフェルメール『恋文』。あまりにリアルな「覗いちゃった」一瞬を切り取った作品で、「あ、失礼しました」と慌ててしまいそうです。手紙がラブレターだという確たる証拠はないのだけれど、女主人がつま弾いている楽器シターンの甘やかな音色や、後ろの壁に飾られている画中画のなかの不穏な厚い雲が、秘密の恋を仄めかす――
この絵を観ると、私はいつも映画『ローズマリーの赤ちゃん』のワンシーンを思い浮かべるのです。ミア・ファロー演じるヒロインのローズマリーは、それと知らぬまま悪魔崇拝者のグループに取り込まれ、夫さえも彼らに洗脳されてしまって、悪魔への供(ささ)げものとされそうになっている。状況がじわじわと薄気味悪くなってゆくなかで、一味の一人がローズマリーの前で(つまり観客の前で)かかってきた電話に出るのですが、その姿がドアの陰に半分隠れているので、観客はみんな思わず身を乗り出してドアの内側を覗き込もうとしてしまうのです。これはもちろん監督のロマン・ポランスキーがそのような構図で撮ったわけで、もしかしたらフェルメールのこの作品を知っていたのかもしれない、なんて考えるのもまた一興です。
昨年はアメリカでトランプ大統領が誕生し、我が国でも(思いがけず)衆議院の解散総選挙がありました。本書の掉尾を飾るホガースの『選挙の饗宴』は、それらの記憶をくすぐるものがあります。選挙運動、投票日、凱旋パレードを描く連作は生き生きとリアルで、十八世紀のイギリスのオックスフォードシャーにおける地方選挙を巡る人間ドラマが、今にも動き出しそうですね。とてもわかりやすくて面白い作品だからこそ、当時は重要とみなされなかったというのは切ないですが、いかにもありそうなことでもある。現在でも、ホガースはお勉強の美術の教科書では冷遇されがちな画家でしょうから、中野さんが引き合わせてくれなかったら、私たちがこの愉快で躍動的な画家の世界を知る機会はごく限られていたはずです。実物と向き合うと、もっとカオスでコミカルな印象を受けるのかなあ。それとも重厚感があるのでしょうか。
私は閉所恐怖症の気があって、長時間の飛行機の旅は駄目なヒトなのですが、中野さんのご本を見ていると、ここに登場している世界の名画を全部見て回りたいなあと思ってしまう。ああ、ドラえもんの「どこでもドア」がほしい! という夢想を語っておしゃべりを締めることにいたします。あ、でも我が国の美術館は意外と著名な西洋名画を持っているということも中野さんに教わりましたので、電車で行かれるところから回り始めようかしら。そういう旅のお供には、文庫版がぴったりですね!
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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