- 2018.04.21
- 書評
活躍の場を広げる著者が、圧倒的な説得力で描く、仁義なきスクープ合戦。
文:内田剛 (書店員)
『トリダシ』(本城雅人 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
なぜ“トリダシ”なのか? 語感から“鶏だし”というと鶏のスープを思い浮かべるが、七つの物語を見事に調理し、それぞれのテーマに確かな“オチ”をつけるその力量は、どんな食材をも引き立てる深い“コク”を感じさせる魔法のスープのようでもある。“鳥だし”にはもう一つ意味があるようで、それは「鳥が啼くこと。飛ぶ鳥を落とす勢い」。これはそのまま作家・本城雅人を言い当てる言葉だ。
物語の中での“トリダシ”は超弩級の凄腕記者の愛称だ。その男の名は鳥飼義伸。「“とり”あえずニュース“出せ”」が口癖で“トリダシ”と呼ばれている。短く刈り上げた白髪頭、ゲラ読みのときはリーディンググラスをかけ、タバコを吹かす。風采があがらないようでいて、一度怒りのスイッチが押されるとボクシング経験者の威圧感で拳をかざし、周囲を牛耳り、女性を見下し、悪態をつく。後輩の面倒をみたり、取材方法の指導は皆無。こんな上司だったらセクハラ・パワハラで訴えれば必ず勝てるような存在だが、仕事ぶりは神がかり。理想の人間像とはおよそかけ離れているのになぜこれほどの魅力があるのか? 某球団の監督人事にまでも多大な影響をあたえ、他社の記者たちから「影のGM」と呼ばれた男なのだ(トリダシのモデルは実際は二人いて、某ツバメ軍団の中枢にこの名物記者が実在していたらしい)。
スポーツ新聞は一般紙とは違う。宅配契約で自動的に配られる新聞ではなく、駅のスタンド売りで面白い見出しでなければ見向きもされない特殊性の極めて高い新聞なのだ。すなわち“読ませるのではなく買わせる”心意気で作られている。その一面トップを飾るには人間の欲望をとことん追求しなければならない。男たちを喜ばせ狂わせるのは金と出世と女。記者となったからにはベテランも新人も男も女もライバルもまったく関係ない。抜くか抜かれるか? 騙し騙され、懐に入り込み、禁断のネタをものにする。その過程がリアルで見事。
小説はもちろんフィクションであるが、なぜこうも『トリダシ』に惹き込まれてしまうかといえば、それはもう圧倒的な説得力があるからだろう。“監督を一度経験した人に対しては、やめてから何年経とうが「監督」と呼ぶのがプロ野球の習わし”“記者はスクープを書くより、特オチ(他紙が一斉に書いた記事が自分の新聞にだけ載っていない)をしない方が重要”といった細かな業界ネタも嬉しい。この臨場感はスポーツ記者として実際にその現場に居あわせた、当事者であった本城雅人にしか再現できない領域だ。
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