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活躍の場を広げる著者が、圧倒的な説得力で描く、仁義なきスクープ合戦。

活躍の場を広げる著者が、圧倒的な説得力で描く、仁義なきスクープ合戦。

文:内田剛 (書店員)

『トリダシ』(本城雅人 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『トリダシ』(本城雅人 著)

 明らかにあの人のことだ、と推測可能なエピソードも幾つもある。これを推理し探し出していくのも本書の楽しみだろう。生え抜きしか監督にしなかった某球団がライバル球団の大物に監督要請。これが大騒動となって当事者は口を閉ざし世紀のスクープも幻に。その監督は“熱血漢”と呼ばれただけにこの炎上がなんとも虚しい。プロ野球選手から記者に転身した男の苦悩も描かれる。慣れない仕事に挫折寸前の新米記者。背を向けようとする彼にトリダシはこう言う。

「ピッチャーが自分からマウンドを降りたいなんて言わねえだろ。だったら最後まで投げろよ」

 何と痺れるセリフなのだろう。厳しい中にも人間的な優しさが感じられる素晴らしいシーンだ。業界の闇の部分や勝負の厳しさを追いながら、人間の根底に流れる魂の根幹に触れさせる。抜群のリアリティが理性を際立たせる縦糸ならば、豊かな感性で人間の奥深い情を醸し出させるのが横糸である。その二種類の糸を繊細にそして大胆に織りなした文学。堅く揺るがぬ事実を核にして柔らかな想像力で肉付けする文学。それが本城雅人の真骨頂だ。

 仁義なきスクープ合戦。煌びやかなカクテル光線を浴びた超満員のスタジアムで一流選手たちが真剣勝負を繰り広げる。これが野球の頂点を極めた醍醐味であるが、闇に埋もれた裏側にこそ、底辺に生きる人々の本音が聞こえる。表舞台には決して出ない記者たち。その存在を通じて生身の人間関係を赤裸々に暴いた『トリダシ』は、人間同士の容赦ない肌のぶつかり合いを、音がきこえるくらい生々しく描き切っている。これは凄い作品と言わざるを得ない。独特の距離感、間合いがあるから、表と裏があるからこそ野球は、そして野球をテーマにした文学作品は人々から愛され続け、『トリダシ』のように面白いのだ。

 ますます活躍の場を広げる本城雅人から、今年もまったく目が離せない。前述のように『ミッドナイト・ジャーナル』が竹野内豊主演によりテレビ東京系列でドラマ化。ソ連崩壊のスクープを追いかける『崩壊の森』が「別冊文藝春秋」で連載中(現地ロシアまで取材しているから恐れ入る)。この他にも東京創元社「ミステリーズ!」で連載した『友を待つ』(週刊誌記者がテーマ。鉄板的面白さだ)や、「日刊ゲンダイデジタル」連載の『奪還』(スポーツ記者の父子もの。これも非常に期待大!)の単行本化が控えている。質・量ともに凄まじい仕事だ。いちファンとしても嬉しい限りであるが、この作家、いったいどこまで大きくなるのだろう。

 最後に僕の大好きなユーモアたっぷりの本城作品『監督の問題』(講談社)の宇恵監督にあやかってなぞかけで締めくくろう。

 本城雅人の野球小説とかけまして、一打逆転サヨナラの土壇場と解く、その心は。


 やっぱり球界(九回)の裏が一番面白い!


 お後がよろしいようで、スミマセン。

文春文庫
トリダシ
本城雅人

定価:935円(税込)発売日:2018年04月10日

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