この時代の空気感は浅田さんの自伝的小説『霞町物語』にも鮮やかに焼きつけられているけれど、キヨの死からたった十年ですっかり様変わりした東京で、どこか所在なげな若者たちはスポーツ・セダンを乗りまわし、夜はパーティーでチークダンスを踊り、彼ら流の青春を謳歌している。空虚に、楽しく、威勢良く――しかし、道楽息子と自ら認める彼らには江戸前の矜持が一つあった。「仲間うちの暴力沙汰と色恋沙汰は禁忌」。
ニューヨーク育ちの勝気な真澄とは、だから、たとえ傍目には恋人同士のように映っても、あくまで親友のままだった。〈私〉が恋をしたのは、生粋の都会人である彼とは真逆のダサくてかわいい女、百合子である。
チョコレート工場で働きながら定時制高校へ通い、海ではフリルのついた水着を着る。異質ながらも周囲の同世代にはない芯を持った百合子に〈私〉は夢中になるのだが、自分の中で巨大化していく女を畏れるがごとく、ある日突然、自ら別れを告げる。
百合子は理由を聞かず、追いすがりもせず、ただ泣きながらこう言い残す。
「私、死ぬわ」
この一語が〈私〉を縛っていたのである。
けっして嘘をつかない元恋人のその後を案ずる思いと、完璧な女への未練と――二度目の降霊会へ臨んだ〈私〉の心にはそのどちらも混在していたことだろう。
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