しょっぱなから虚を突かれるのは、若き霊媒師を介してまず現れるのが、キヨ本人の霊ではないことだ。前のめりに一番乗りで降りてくるのは、若いころにキヨを気に懸け、その身を案じてやまなかった巡査の生霊。続いて、キヨの父親が招きよせられる。〈私〉とは別の角度からキヨを見ていた二人の告白を通じて、不気味な少年を覆っていた霧が晴れていく過程は謎解きの興趣に満ちている。
しかし、いかに真実が明かされたところで、めでたしめでたしとは終わらない。巡査の懺悔も、父親の告解も、未来を絶たれた少年の悲劇を薄めることはない。むしろ炙りだされるのはより痛切な哀しみだ。
〈キヨが友人たちに毛嫌いされた理由は、その身なりの悪さや小さな体や、無知や貧困ではなかった。そんな子供は、ほかにも当たり前にいる時代だった。夢だの希望だのという、等しい子供の財産をキヨは持っていなかったのだ。〉
なんと悲痛な境遇だろう。キヨは子供の誰しもが具しているべき糧を奪われた子だった。生きているうちからすでに生の光をむしりとられていた。
悪いのは父親だ。が、彼のまわりにはキヨを気にかけながらも助けることのできなかった大人たちがいた。彼らの足下には弱者を切り捨てて闇雲に成長する戦後の日本があり、背景には救いがたい戦争があった。
巡査は言う。
〈わきめもふらずに復興した日本が、キヨを殺したのだ。〉
万人の胸を抉(えぐ)る重い叫びである。
しかし、私はこうも思う。たしかに誰一人としてキヨを救えなかった。しかし、忘れもしなかった、と。
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