ところが、どれだけ霊媒師が呼びかけようと、百合子の霊は現れない。彼女は死んでおらず、生きて、今の恋人と幸せになっていたからだ。代わりに降りてきたのは真澄の霊で、彼女はいかに〈私〉を愛していたのかを切々と訴え、そこに真澄を思い続けていた梶という男の霊も入り乱れ――と、降霊会は混迷の様相を呈していく。
生者には生者の、死者には死者の痛みがあり、言い分がある。不協和音が通底する彼らのやりとりは実にリアルで、確たる一線を越えて重なり合えない寂しさに満ちている。その場景がにわかに緊張するのは、怒濤の告白に戸惑うしかできない〈私〉に、真澄が〈Cold-heart〉の一語を突きつけた瞬間だ。
はたして彼は冷淡なのか。見解の分かれるところだろうが、私にはどちらかというと〈Honest〉のような気がしないでもなく、野暮な弁明を口にしない彼に江戸っ子の意気地を見る思いもする。そして、これもまた語られぬ無言の警句として、そこには「自ら命を絶ってしまったらおしまいだ」という深い嘆きが秘められているようにも思える。
真澄が身も世もなく求める「さよなら」を、最後まで〈私〉は贈らない。彼は彼女の無念をその重みのまま一人で抱えていくのだろう。その厳しさをひしと噛みしめたのち、そんな〈私〉の覚悟が滲んだ本書の冒頭部分へ再び目を戻すと、切ないほどの首尾一貫に改めて痺れる思いがした。
〈この齢(とし)まで生きて、悔悟のないはずはない。罰は下されなくとも、おのれの良心に問うて罪だと思うくさぐさは山ほどもある。だが、それらを懺悔して贖罪(しよくざい)とするなど、あまりに都合がよすぎるではないか。〉
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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