そして今、私は小説を書いています。
「ふと思い立った」以上のきっかけもなく書いた一作目は前回、第二十四回の松本清張賞に応募したのですが、決然とせぬ動機だったためか、重力の法則というか負けに不思議の負けなしというか、一次予選にも通らずストーンと落ちます。
ただ、いかなる駄作であっても書き切るのは大変です。本屋さんの店内、「オール讀物」誌で落選を知った私は、私なりにションボリしてしまい、久しぶりに立ち竦みました。
途方に暮れつつ目を上げると、小さい男の子がいます。
細い生活道路を背にして硬い顔をして、大きな道の前で彼も立ち竦んでいました。とても本屋さんの中とは思えない情景ですけど、自転車や自動車、サラリーマンやペット連れの人たちが男の子には目もくれずに前を通り過ぎていきます。
「待ってろ」思わず私は叫んでいました(だいぶん誇張しています)。「いつかきっと、お前をそこから連れ出してやる」
小説とは、つまり嘘です(少なくとも私が書くものはそうです)。では誰に、なぜ嘘を書きたいのか。
私は、やっと気付きました。
私は幼い私に向かって、この世界は生きるに足ると信じられるを書きたかったのです。生きるに足ると本当に知り得る日まで信じられるくらいのを。
いつか、T字路に佇むかつての私のような人に、Fくんのような人が私の作品を「これ面白いよ」と渡してくれたら。そう願いながら落選作をイチから書き直した結果、ありがたいことにこのたび栄えある賞をいただくことができました。
これからも私は、私に向かって書くのだと思います。ただ、そんな私の事情よりも何よりも、私の作品がお読みいただける方にとって楽しいものでありますことを願っています。
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