跪いた状態でカズマを見上げた。
「卑怯? スパイの癖に笑わせんなよ」
カズマは岳士の髪を鷲掴みにして引きつける。勢いよく迫ってくる膝頭を、岳士はただ眺めることしかできなかった。火花が散ったように視界が明るくなり、そしてすぐにブラックアウトする。全身の感覚が消え去った。
「さて、これで当分は動けませんよ。で、こいつどうします?」
遠くからかすかに声が聞こえてくる。おそらくはカズマの声。
「決まってんだろ! ここでバラシて、魚の餌にするんだよ」
鼻をやられたせいか、妙にくぐもったヒロキの声が降ってくる。
「マジで殺っちまうんですか?」
「当り前だろ。こいつ、俺を殴りやがったんだぞ。ここなら道具もあるし、何やったって見つからねえ。なんだよ、カズマ。てめえ、ビビってるのか」
「いえ、別に。俺をサツに売った奴ですからね。殺るならさっさと殺っちまいましょう」
二人の物騒なやり取りを聞きながら、岳士は戸惑っていた。これまで、ボクシングで何度かノックアウトされたことはある。その際は、意識が朦朧とし、なにもまともに考えられなかった。しかしいまは、思考ははっきりとしているにもかかわらず、体だけが全く動かない。
まるで、意識が体の奥底に閉じ込められてしまったかのように。
なにが起きているのか分からないまま混乱していると、かすかに歪む視界の中で左手がピクリと動いた。しかし、その動きは岳士が意図して行っているものではなかった。
左手はカズマたちに気づかれないようにするためか、虫が這うように緩慢な動きで、辺りの床に散らばっている砂を少しずつ掻き集めていった。
「で、誰が殺りますか?」
淡々としたカズマの声が聞こえてくる中、左手は掻き集めた砂をつかむ。
「俺が殺るにきまってんだろ! 畜生、鼻血が止まらねえ。おい、お前ら、なんか適当なものもってこい。こいつの頭をつぶせるようなやつを」
鼻からの血が口腔内に流れ込んでいるのか、ヒロキの声はさっきよりもくぐもって聞こえた。取り巻きたちが慌てて走っていく足音が聞こえる。
「これでいいっスか、ヒロキさん?」
取り巻きの一人の声がする。
「ああ、ちょうどいい。邪魔だからお前ら離れてろ」
ヒロキが何かを持ち上げる気配がした。