「俺もな、昨日釈放されたカズマからこの話を聞いて、ちょっと気になったことがあったんだよ。お前、やけに錬金術師のこと知りたがっていたよな。今日も、錬金術師と取引だって言うと、簡単にやってきやがった。お前さ、スパイだろ。錬金術師の正体をサツにチクって、サファイヤの流通ルートを潰すつもりだったんだろ?」
完全にバレている。絶望が心を黒く染めていく。
「なんとか言えよ。おい」
ヒロキが顔を近づけてくる。
『もう誤魔化しようがない。岳士、分かっているな』
「……分かってる」
岳士は小声で答える。やるしかない。
「分かってる? 何が分かってるっていうんだよ?」
聞き返してきたヒロキの顔面に、岳士は拳を打ち込んだ。倒れたままのパンチだったためそれほどの威力はないが、不意を突かれて鼻っ柱を殴られたヒロキは、バランスを崩してカズマの足元に倒れこむ。その隙になんとか立ち上がった岳士は、素早くファイティングポーズをとった。
両拳を胸の高さまで上げながら、岳士は自らの身体と会話をする。最初に食らった膝蹴りのダメージはかなり回復してきている。その後に蹴りを浴びたときは、体を丸くして急所を守っていた。全身が痛いが戦うことに大きな問題はない。
「最初に会ったとき以来だな」
口角を上げたカズマは、半身に構えて軽くステップを踏みはじめた。
岳士は上体を左右に振りながら、飛び込むタイミングを計る。相手は蹴りが主体の空手使いだ。一気に間合いを潰して、有利な距離に持ち込んでやる。
いまだ! 岳士が地面を蹴ろうとした瞬間、背後から伸びてきた四本の手が両腕に絡みついた。
「なっ!?」
振り返ると、扉の前にいたはずのヒロキの取り巻き二人が、腕を掴んでいた。
「クラブでやられたお返しだよ」
男の一人が笑い声をあげると同時に、カズマが懐に飛び込んできた。岳士は右のショートアッパーで迎撃しようとする。しかし、男に掴まれている状態では、素早いパンチが繰り出せるはずもなかった。
カズマは悠々と振りかぶると、岳士のあごを掌底で跳ね上げる。脳が揺らされ、足から力が抜けた。岳士はその場で膝から崩れ落ちる。
「……卑怯だ」