自分を表現しようとは思っていない
――『行け広野へと』は「三月の真っただ中を落ちてゆく雲雀、あるいは光の溺死」という鮮烈な歌から始まります。私はこの歌が大好きで、この歌をどこかで見たことから服部さんの歌集を買おうと思いました。
服部 うわー、嬉しいです。第一歌集の巻頭歌は、その歌人の代表歌として言及されることが多い気がします。この歌の入っている「雲雀、あるいは光の溺死」という連作(複数首で構成された歌のかたまり)は、歌壇賞受賞後第一作として作ったもので、すごく苦しんだ連作でした。というのも、受賞作にすべてをつぎ込んでいるので、自分でいいと思う歌は出し尽くしちゃっているし、力の尽きた状態で作らなければならないんですよ。だから自信作というわけでもなかったんですが、歌集の巻頭に置いたらなぜかうまくはまりました。
――『行け広野へと』には「父」が多く登場しますね。「昨日より老いたる父が流れゆく雲の動画を早送りする」や「駅前に立っている父 大きめの水玉のような気持ちで傍へ」など、印象的な歌が多いです。
服部 『行け広野へと』の収録作品がまだ初出の段階だった当時、「お父さんは亡くなっているの?」とよく聞かれて不思議に思っていたのを思い出しました。この歌集が出たころはまだ父は生きていて、ちょうど私の手元に歌集が届いたときに父の癌が告知されたんです。癌の告知を受けてからあらためて歌集をひらいてみたら、すべての歌が父の死に向かって書かれているようで、自分の作品に裏切られたような気がしました。
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