- 2018.11.30
- 書評
巨匠が描く身近な恐怖とリアリティ
文:千街晶之 (ミステリ評論家)
『ミスター・メルセデス 』(スティーヴン・キング 著 白石 朗 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
物語は、二〇〇九年四月の早朝、職探しのため市民センター前に並んでいる人々の列に、霧の中から突如現れた一台のメルセデスが突っ込むという衝撃的な場面から幕を開ける。全体のプロローグにあたるこの「グレイのメルセデス」という章には、何人かの男女が登場する。彼らを惨事が襲うことは文中で暗示されるし、邦訳では巻頭に主な登場人物の一覧があるため、彼らの名前がそこに記されていないのはこの章で早々に命を落とすからだろうというのも見当がつく。つまり、最初から死亡フラグが立った人々なのだが、そういうキャラクターの描写でも決して手を抜かず、むしろ全力を注ぐのがスティーヴン・キングという作家だ。貧しく善良な男女が、霧の中から魔物のように出現した車にたちまち轢き潰されてゆく、その非情な描写。ひとりひとりが今まで送ってきた人生まで僅かな描写から浮かび上がるような筆致が、彼らを襲う理不尽な死への憤りを感じさせる。これぞまさにキングの筆力の魔法だ。
車で群衆に突っ込むタイプの大量殺人は、爆弾・爆薬の知識や入手ルートが必要な自爆テロと異なり誰にでも容易に行えることから、二〇一〇年代後半に入ってからヨーロッパやアメリカで現実に頻発している。例えば、二〇一六年にはフランスのニースで花火を見物していた人々にトラックが突っ込み八十人以上が死亡しているし、同年にはドイツのベルリン、二〇一七年にはイギリスのロンドン、スウェーデンのストックホルム、スペインのバルセロナ、アメリカのニューヨークでも同様の事件が起きている(ロンドンの場合は一年間に複数回)。しかし、それらの多くが宗教的・政治的動機を背景とするテロであったのに対し、本書の場合はそのような背景とは無縁の、極めて個人的な動機に基づく犯行であり、その意味では二〇〇八年に日本で起きた秋葉原通り魔事件を想起させる。いずれにせよ、この車による大量殺人という発想が、現在のアメリカおよび世界の読者にとって、かなり身近な恐怖を感じさせるものであることは確かだろう。
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