「平成」をしめくくる本、『男ともだち』
千早 あらためて聞きたいんですけど、新井賞に『男ともだち』を選んだ理由はなんですか?
新井 単行本のときのコメントは「ハセオが欲しい」だけだったんですよ。でも読んでない人にはハセオが誰かわからないから、変えて、「この小説のために新井賞を作りました」って「良き感じ」のコメントに変えたんですけど。
千早 「平成終了までに読むべき本」にも選んでくれましたよね。
新井 この本を読んだときに、主人公のことを「こいつはない」と、思う人はいるかもしれないですよね。同棲している恋人がいるのに、愛人もいたりとか。ハセオも、女癖はよくない。自分のことを「ちゃんとしている」と思ってる人からしたら、主人公たちはいやな存在かもしれない。でも、百万人が否定したとしても、自分は「いい」と思える本には、なかなか出会えないんですよ。でも、この本はそうだった。そのあとの新井賞も、時間が経っても、自分の評価が翻ることはないなと思います。
ただ、常々思ってるんですけど、本の感想をいうとか、書評を書くとか、ほんとうに難しくて、できればしたくないんです。この本はこういう本ですよ、と書くことで、読む人がそういうフィルターをかけて読んでしまうと思うんです。だからそれはやりたくないんだけど、やらないと手に取ってもらえない。それがジレンマだったんです。でも最近は、言葉を重ねて説明しなくても、新井がいいって言ってるから、と手に取ってもらえるような信頼を、時間をかけて作っていければいいなと思っています。
千早 なるほど。そういえば単行本の時に、販促で、自分で書いた短い小説つきの小冊子を作ってくれてましたよね。まだ新井さんがエッセイとか書く前でしたけど。
新井 そのときすでに、そういう思いはあったんですよね。好きすぎておかしなことをやりました(笑)。
千早 そう言われてみれば、ほとんどの人が嫌いっていっても私だけは好き、と言える本は多くはないですよね。わたしはそういう小説をかけたことが嬉しかったです。
主人公は神名っていうんですけど、めちゃくちゃ嫌われて、こんな女はいやだとすごく言われたんですよ。小説の中で神名は恋人に殴られて、鼻血までだすんですけど、その殴った恋人のほうが気の毒だとまで言われて。そういう感想がでてくる主人公ってなかなかいないから、その感想を見たときにやったと思いました。可哀相とか言われる主人公は書きたくなかったので。
新井 そこで、読むのをやめさせないで、その先までひっぱっていって読ませるのは難しいことだし、すごいです。いやあ、ほんとうに好きです。
千早さんは、『男ともだち』以降も、止まらずに、たくさん出し続けていて、常に私の中の「千早好き度」も更新し続けているわけですよ。
千早 ありがとう。
新井 千早さんは、エッセイを書くのは好きじゃないって言うけど書いてるよね。嫌そうに書く。編集者に弱みを握られているから(笑)。
千早 そうですね(笑)。
新井 わたしはエッセイしか書いてないから、楽しそうに書いてると思うんですけど、千早さんは、じぶんのエッセイを面白いと思う人がいるなんて信じられないって思いながら書いてるんですよ。だって、エッセイ書くひとって、「自分ってこんなに面白いんだよ。聞いて」って書くわけじゃないですか。それがたまたま、千早さんは、奇跡的に、編集者に弱みを握られていて(笑)、いやいや書いている。自分の話は面白くないと思ってる人の書く話ってこんなに面白いんだ、というのがわかりました。
千早 そういう楽しみかたをしているひとは少ないと思うんですけど(笑)。エッセイは本当に苦手なので、励みになります。ありがとうございます。
プロフィール
千早茜(ちはや・あかね)
1979年生まれ。作家。近著に『神様の暇つぶし』(文藝春秋、2019年7月刊行)。
新井見枝香(あらい・みえか)
1980年生まれ。書店員。令和元年からHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEに勤務。
書籍紹介
『男ともだち』千早茜・著(文春文庫)
誰よりも理解しながら決して愛しあわない二人
冷めた恋人、身勝手な愛人、誰よりも理解している男ともだち……29歳の女性のリアルな姿と彼女をとりまく男たちを描く直木賞候補作。
『西洋菓子店プティ・フール』千早茜・著(文春文庫)
下町の西洋菓子店を舞台にした連作短編集
下町の西洋菓子店の頑固職人のじいちゃんと、その孫であり弟子であるパティシエールの亜樹。甘やかで、ときにほろ苦い連作短編集。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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