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著者によるカープの細密な分析に感じる「不完全なるもの」への惜しみない愛情」

著者によるカープの細密な分析に感じる「不完全なるもの」への惜しみない愛情」

文:西川美和 (映画監督)

『斜め下からカープ論』(オギリマサホ 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

『斜め下からカープ論』(オギリマサホ 著)

 これも憶測にすぎませんが、オギリマサホさんは一人もカープの選手に知り合いはおられないのではないでしょうか。オフに會澤選手と対談して、以来たまに自宅に招かれて夕食をご馳走になっているとか、イベントで上本選手と意気投合、東京の三連戦後には赤坂や麻布で食事やカラオケを愉しむ仲だとか、退団したJ・ジャクソンとSNSを通じて彼のアパレルビジネスに意見する間柄だとか──なんとなく、そんな関係でなければいいな、と思ってしまう。人の親睦を妬むわけではありませんが、この本に書かれていることはすべて、混じり気のないただのファンの純情そのものと感じてしまうからです。決して訪ねて行くことの叶わない、何億光年も離れた星についてひたすら思い巡らし、文献を読み、探究を重ねる科学者のようなつきせぬあこがれと執着。宇宙が宇宙の価値に無自覚であるのとおなじで、その魅力に気がつき、人に語り継ぐのは、手の届かない遠くから眺めている者なのです。私のように、仕事の手を止めて一球速報アプリを盗み見ているような者でも、選手のストッキングの出し入れ問題、パンチパーマ問題、帽子のつばの曲げ方問題など、全て一度ならずモヤモヤ考えを巡らせてきたトピックですが、ペナントの行方や選手の技術論とはかけ離れたそれらの「どうでもいい問題」について、東京暮らしではまともに議論する相手も見つからなかった中、本書は胸のすくほど正確にエビデンスを取りまとめてくれた論文のようでした。小さな部屋の窓からあの星の瞬きに見入っていたのは、自分ひとりではなかったのだ、という嬉しさにも包まれました。

文春文庫
斜め下からカープ論
オギリマサホ

定価:792円(税込)発売日:2019年07月10日

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