暗闇の中、白熱灯の淡い光に照らされて、赤橙色の炎を上げる水晶の奥で、一度分解された〈私ⅰ〉の断片は、光の中で、ふたたび、ひとつながりの、ゆるやかな、しかしたしかな、あたたかな、複数的で単一的な、光の乱反射する水面のような、砂浜のような、貝殻のような、波打ちぎわでゆらめき明滅する海月のような、半透明の小さな世界を形成する。そこではあらゆる透明な幽霊たちが集まり、散り、また集まり、また散り、そしてまた集まる。映画館が取り壊され、観客席が失われ、フィルムが燃え、スクリーンが破られ、仮に電燈が失われたとしても、光源はその光を保ち続ける。〈私ⅰ〉はそこで死に続け、〈私ⅰ〉はそこで生き続ける。私たちの世界はそこで終わり続け、世界はそこで始まり続ける。〈私ⅰ〉には光が見える。全ての光は目眩を伴う。
〈私ⅰ〉はドアを開ける。外では灰色の脳細胞が切り開かれている。〈私ⅰ〉のための映画はそこから始まろうとしている。今ではあらゆる場所で映像が、あるいは映像によって表された現実そのものが、粉砕されたガラスのように炸裂している。ガラスは光を反射しながら透過する。〈私ⅰ〉はそこに映り込んだ〈私ⅰ〉の顔をまなざしながら、その向こう側を同時にまなざしている。
この続きは、「文學界」9月号に全文掲載されています。
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