逢坂 やっぱり池波さんの言った通り、経営の才能があったんですね。
近藤 でも、天ぷらの値段は十六年間上げませんでしたし、うちはサービス料もいただいていません。お客さんに来ていただければ、私はそれでいいんですから。
逢坂 私は好きな食べ物がいっぱいあって、困るんですよね。天ぷら、すし、とんかつ……、カレーもある。でも、歳を重ねていくなかでね、人間最後の楽しみはやっぱり食べ物じゃないかと思う。そういう意味では、池波さんは最後、入院されて、思うようにものが食べられなかったから残念だったのでは……。
近藤 先生が亡くなる一週間ほど前、奥様から電話をいただいて、先生が天丼を食べたがっているっておっしゃって、病院にお届けしたんです。海老とそら豆の天丼をお届けしました。
逢坂 やっぱり、うまいものを食べて死ねたら一番いいですよね。
近藤 先生とは亡くなる間際までお付き合いさせていただいて、私も幸せでした。この店ののれんの字も、この白衣の胸の字も、先生にいただいた手紙の文字からもらいました。いつも胸の上に、先生の字がのっかってるわけですから、僕は天狗になったり、威張ったりできません。
【てんぷら近藤】
「近ちゃんの天ぷらは、昼間腹いっぱい食べても、夜ちゃんとお腹が空くのがいい」と池波氏も絶賛した天ぷらは、驚くほど衣が薄く、素材が持つ「旨み」「香り」「食感」を十二分に引き立てる。その技はますます進化をし、今や銀座でも予約の取れない店の代表格である。
厨房の中には黄金色に輝く油をたたえた鍋が二つ。温度の異なるこの二つの鍋を操りながら、カウンターのお客に、絶妙のタイミングで天ぷらを出してゆく。コースの中には天ぷらの王道、クルマエビや穴子に混じって、旬の野菜が多く盛り込まれているのが近藤ならでは。日夜、眼鏡にかなった素材を求めてアンテナをめぐらせているそうだ。千切り状の人参に、ほんのわずかな衣をまとわせ、油の中へ。花火のように散った人参を、ふんわりまとめて出来上がる人参のかき揚げ。芽までおいしいクワイの天ぷら、名物のさつま芋の天ぷら……。
薄衣をまとったその色合いも美しく、食べたこと、見たことのない天ぷらのオンパレードだ。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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