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『空を拓く』門井慶喜――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #歴史・時代小説

別冊文藝春秋 電子版28号(2019年11月号)

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版28号(2019年11月号)

文藝春秋・編

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「別冊文藝春秋 電子版28号」(文藝春秋 編)

 地球規模の話になる。前年、すなわち大正七年(一九一八)より、北半球は猛烈な速度で汚染されはじめていた。

 汚染者の名を、

 ――インフルエンザ。

 という。

 原発地はアメリカだったらしい。早春の或る日、とつぜん兵営で患者がふえた。症状はいわゆる風邪に似ていた。発熱、頭痛、ふしぶしの痛み。

 みょうに全身がだるい感じ。ただし風邪とちがうのは、死亡率の異様な高さだった。青年だろうが壮年だろうが関係なしに彼らは激しい咳をつづけ、ほどなく青い目の瞳孔をひらいた。肺炎を併発したのである。

 もっとも、これだけならば、俗に、

 ――十年に一度。

 といわれる大流行がまた来ただけだといえるだろうし、その範囲も、アメリカ一国を出ることがなかったろう。ところがこの時期は、たまたまとしか言いようがないが、第一次世界大戦の終盤にあたる。

 兵士は兵営を出なければならない。彼らはウィルスを保持したまま船に乗り、せまい船室にひしめきつつ、大西洋を横断した。

 ヨーロッパに上陸した。

 他国の兵と合流し、作戦をともにし、泥濘のなかで戦闘した。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版28号(2019年11月号)
文藝春秋・編

発売日:2019年10月18日

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