羽田が直にふと洩らした本音が、いつまでも重く響く。たとえば生い立ちや家庭環境が、自尊感情の育ちに影響を及ぼすというのは、一つの言説としてよく目にするが、周囲が気づかないほどの軽度の知的障害や発達障害を抱えながら、適切な支援を受けられなかったことで、自ら不利な状況を作り出してしまうことがあるというのは、『漂う子』やその参考文献を読むまでは、思いもよらない視点だった。かつては家族や親族、地域のコミュニティでフォローできていたハンディキャップを、剥き出しにしたまま社会に出れば、周囲との摩擦を生み、生活はより困難なものになる。そういう人びとが一定数存在するということは、居所不明児童や虐待の背景にあるのが、必ずしも親であることの無自覚や子への憎しみというだけでなく、人をひとり育てるという大仕事を、一家庭やその親のみに背負わせる現代の社会のあり方や、人びとの考え方に、問題の根の一つがあるのかもしれない。『漂う子』という物語との出会いがなければ、親と子が直面する現実に、こんなふうに向き合うことは、間違いなくなかっただろう。
〈「(略)少子化対策とか言っていますけど、国が認めているのは『ちゃんと二親が揃った正しい親子』なんですよ。でも、正しい親子って、何でしょう」〉
羽田の問いかけに自分を重ねる。物語にも、自分の中にも答えがあるわけではない。
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