- 2019.12.14
- 書評
「この本がなければ私は小説家にならなかった」
文:窪 美澄 (作家)
『僕のなかの壊れていない部分』(白石一文 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本書の後半、なぜ、彼がこんな人間になったのか、を理解するあるエピソードがある。それを読んで、これは私の物語じゃないか。そう思った。これは私の物語じゃないのか? そう読者に思わせてくれる作家が、今、何人、日本にいるだろうか?
「だってそうだろ。僕は、産んでくれた母親にさえあっさり捨てられたような人間なんだよ。そんな人間に大した価値なんてあるわけないしね。そして、ようやく物心がついて、僕はこう考えるようになった。……人間は自分の人生にとって本質的なことからは、何がどうあったって、決して目をそらすことができないんだ。……いくら誤魔化して生きてみても、絶対に忘れることなんてできやしない。」
この言葉で鬱が軽くなったわけでも、生きることが楽になったわけでもない。けれど、こんな私でも小説を書いてみてもいいんだ、と思えるようになった。だから、この本がなければ私は小説家というものにならなかったと思う。この作品に赦しをもらったような気になったのだ。
この物語を自分からはほど遠い高慢な男の話、という感想を持てる人は、ある意味とても健康で幸せな人だろうと思う。けれど、小説を書く前の私のように、心のなかに高熱のマグマのようなものを抱えていたり、現実世界の在り方や、ネットで声高に語られる意見や、万人に受け入れられている小説や映画なんかじゃ心が動かない、どうしたって納得できないんだ、ざらりとしたものが残るんだよ、と思っている人には、ぜひ本書を読んでいただきたい。
-
『李王家の縁談』林真理子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/12/4~2024/12/11 賞品 『李王家の縁談』林真理子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。