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「この本がなければ私は小説家にならなかった」

「この本がなければ私は小説家にならなかった」

文:窪 美澄 (作家)

『僕のなかの壊れていない部分』(白石一文 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『僕のなかの壊れていない部分』(白石一文 著)

 東大卒、大手出版社勤務、高年収、自分とはまったく違う立場にいる主人公。三人の女性とかかわりながら、その誰とも一定の距離を置いている。彼が発する言葉や思索は理屈っぽく、粘着質で、到底好きにはなれない。それなのに、この本を読み進めてしまうのは、タイトルのせいだ。『僕のなかの壊れていない部分』。それを探したくて、ページをめくる手が止まらないのだ。

 最近、私のなかで頭をもたげているのは、こんな疑問だ。

「世の中の人は物語を本当に求めているのか?」

 書店のいちばんいい席で表紙を見せている本を数冊読んでみる。読みやすく、希望のもてるラストシーン、思わず涙が滲むようなカタルシス。批判はできない。自分だって編集者にそういう物語を、と依頼され、書いたことがあるからだ。もちろん、そんな本があってもいい。けれど、私の心が満足しないのだ。

 小説とはただの文字の羅列であるのに、ガツンと殴られるような衝撃が欲しい。あなたが本当に考えていることはこれだ、と血まみれの何かを差し出してくれるようなものを読みたい。そんな希望をこの本は叶えてくれるし、書き手としても本書を読むと勇気づけられるのだ。書いていい。何度もそう言われているような気持ちを抱いた。小説を書く前に読んだときも、改めて読み返してみた今も、その気持ちに変わりはない。

文春文庫
僕のなかの壊れていない部分
白石一文

定価:924円(税込)発売日:2019年11月07日

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