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<川上未映子ロング・インタビュー>「生む/生まない、そして生まれることへの問い」

<川上未映子ロング・インタビュー>「生む/生まない、そして生まれることへの問い」

聞き手:鴻巣 友季子

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

『夏物語』(川上未映子 著)

鴻巣 そこでたぶん問題になってくるのが、遊佐の考えに対する、生命倫理の問題。「精子バンク」を「卵子バンク」と逆にしてみると分かるんですけど、精子だけ提供させるのは男性性の搾取だと言う人は出てくるはずなんです。遊佐は、「男性は精子を提供する製造機でいいんだ」ぐらいの言い方です。奥泉光さんの近未来小説、『ビビビ・ビ・バップ』にも、富裕層の女性というのは結婚もセックスもせず、欲しい時に精子バンクに行って、好みの子どもを産むという世界が描かれる。村田沙耶香さんもそれに近いものを書いていますね。

 この考えを拡張して過激化していって、なおかつ男女逆転すると、マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』のそれに行き着きはしないでしょうか。あれは女性のほうが産む機械というか、性奴隷というか、生死を引き受けて妊娠してそれを出して提供する。

川上 建前はともあれ、女はずっとそうだったですよ。

鴻巣  「産む機械」ってはっきり言ってしまった人もいましたね。

川上 逢沢家みたいに、女は生まなければ存在すら認められなかった。今でも地域によってはそうですよね。女性においては、ディストピアというのはそのまま現実です。

鴻巣 ディストピアは未来のことを警告しているというよりは、今あって見えにくいものを可視化するために時代を映して書いているものなので。

川上 だから、遊佐の言っていることは、ミラーリングすれば女性の現在と歴史そのものになるという見方もありますよね。

鴻巣  現実問題、女性性を搾取されてきたのだと。これからは男性も同じことを要求されうるし、つきつめれば、妊娠出産とはそういうものだ、ということですか。

川上 しかも男性は出産にはかかわらない。生殖に関係するのはコストの低い、常にどこでもしている射精のみです。これは私の意見というよりかは、小説内の遊佐の考え方ですが。

鴻巣 川上さんの考え方はどうでしょう?

川上  どの性が妊娠、出産を担うようになっても、搾取が正当化されることはあってはならない。それとは別に、現状の出産においては、当然のことながら父親は一切関係がないです。良いとか悪いとかじゃなくて、これは端的な事実です。だからその自覚とともにその後のコミットの仕方に、より意味が生じてきますよね。

 そこをもう期待しない、ひとりで生んでひとりで育てると思ったとき、相手は本当に誰でも良いのかという問題があります。可能性としては理解できるけど、精子バンクから精子を買って東急ハンズで買ったシリンジでDIYな感じで本当にやってのけるのか。もちろんリアルにやっている人たちもいて、逡巡している人たちもいて、一歩踏み出す人と踏み出さない人がいます。それは何の違いなのかということを考えながら、読者も夏子と一緒に進んでいくと思うんです。夏子にはいくつかの選択肢があったと思います。恩田コースで行くとしたらどうなったのか。

鴻巣 ネットで精子提供をしている男ですね。恩田の気持ち悪さたるや。

川上 精子バンクで子どもを作って、血縁のない家族、コミューンや義家族で住む道もある。それはある意味でトレンドであり一つの可能性だけど、夏子にとっていちばん困難で、まだ提示されていない関係を選ぶことになりました。

鴻巣 逢沢と、というのが一番困難な道だと私も思いました。

単行本
夏物語
川上未映子

定価:1,980円(税込)発売日:2019年07月11日

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