軍事国家に変貌した日本
それからしばらく古代中国の記録に日本のことは出てこないが、邪馬台国の時代から百五十年ほどあとの五世紀、中国南部を統治した宋の時代についての史書「宋書」には、日本の王の使者が、皇帝への貢ぎ物をもって、宋王朝に来訪したと記録されている。日本の五人の王の名前は讃・珍・済・興・武。いわゆる「倭の五王」の時代は古墳時代中期の五世紀、日本列島における馬の普及期と重なる。
「倭の五王」は朝鮮半島における軍事的な利権を認めるよう中国の宋王朝に働きかけ、その一部は認められている。邪馬台国の時代の三世紀半ば、軍事的にはノーマークだった倭国が、四世紀をはさんで突然、軍事的国家に変貌した──これは日本史における大きな謎のひとつである。本書では、馬の普及によって古代日本の軍事力が飛躍的に増強されたという可能性を探ってみたい。
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