司馬さんの面識を得たのは、平成に入って間もない一九九一年四月、『文藝春秋』編集長に就任した時だった。当時、巻頭随筆欄に「この国のかたち」を連載していただいていたから、真っ先にご挨拶したのである。だが文藝春秋にとって司馬さんは、重要な筆者であると同時に、何か事があれば相談に伺う「親戚のおじさん」のような存在でもあった。先輩たちとの間に、単なる筆者の域を超えて、何かにつけて気にかけ、相談に乗ってくれる、といった距離感が築かれていたのである。
その司馬さんが、いつになく過激な物言いをされたことが何度かあった。一つはバブルに浮かれる日本人に触れた時である。『土地と日本人』に見るごとく、国土が単に土地投機の対象にすぎなくなり、歴史遺産ともいうべき風景が次々失われていくことへの怒りは深かった。そして、おそらくそのことと関係あると思われるのだが、例えば創業の精神を失ってどことなく元気がなくなった人や組織などを評して、よく「電池が切れた」という言い方をされた。
私が最初にそのタトエを聞いたのは確か一九九二年の春、六月号に細川護熙氏の『「自由社会連合」結党宣言』を掲載した直後である。実はその前年、自民党随一のインテリと言われた椎名素夫氏の事務所で、熊本県知事を辞めた直後の細川護熙氏を紹介され、思いがけず新党結成の決意を打ち明けられていた。「今の日本政治は冷戦終結後の内外の激変に対処する意志と能力を失っている。この危機を打開するためには新党を作るしかない」として、竹下派(経世会)支配真っただ中の永田町に孤独な戦いを挑む決意を聞かされたのである。その折り、「結党宣言」は『文藝春秋』で発表していただくことを約束しており、それが六月号で実現したのだった。
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