書評

“座談の名手で人たらし”司馬さんがしばしば口にしていた「たとえ話」

文: 白川 浩司 (元編集者)

『余話として』(司馬 遼太郎)

『余話として』(司馬 遼太郎)

 中国を筆頭に、アジアには「専制の系譜」とでも呼ぶべき伝統がある。どんな王朝でも、ひとたび権力を握ると国のものは自分のもの、みんな国を私してしまう。ネポティズムは当然で、帝妃の一族が国費を乱費したり国政を壟断したりするのは、共産党政権になっても変わらない、それがアジア的専制の特徴である。「ところが日本以外のアジアで二人だけ、そうならなかった指導者がいる」と、司馬さんは言われた。「誰ですか」と問うと、台湾の李登輝総統と韓国の朴正煕(パクチョンヒ)大統領。この二人だけは、一族を重用もしないし国の財産を私したこともない。それはなぜかといえば、

「日本の近代化の影響でもあるんだね」

 司馬さんが言われたのはそこまでである。以下、私が勝手に付け加えると、李登輝さんは京都帝国大学の学生として二十二歳まで日本人だったし、朴大統領も日本の陸軍士官学校卒、敗戦までは日本人だった。李登輝さんが極めて親日的で「アジア的専制」とは正反対の身ぎれいな政治家であることは知られているし、朴大統領が日本からの請求権資金八億ドルを一切私することなく、「漢江(ハンガン)の奇跡」と言われる経済成長をもたらしたことも周知の事実である。朴大統領は、韓国が日韓併合という屈辱を逃れられなかったのは、民族の誇りを失っていたからだ、として、荒れるに任せていた新羅の歴代王の墳墓の地を買収し、「大陵苑」(古墳公園)として整備している。私ごとになるが、のちにこの地を訪れた時、同時代のわが日本に比べて、朝鮮がいかに豊かで先進的であったか、と驚いたものだ。

余話として司馬遼太郎

定価:本体650円+税発売日:2020年02月05日


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