ようやく全員に酒が回ったようで、さっきの兄役の学生――おそらく名前は田中――がビールグラスを割り箸で叩きながら、
「静粛にー!」
と何度も声をあげた。あまり通る声ではないので時間はかかったが、それなりに場が落ち着いたところで言った。
「それでは関さん、乾杯の前に一言お願いします」
ずんぐりした体型で、口の周りも顎も髭を伸ばしっぱなしの、なんとなく可愛い熊を連想させる男が立ち上がった。歳は30過ぎだろうか。チラシに〈監修〉とクレジットが入っていた関典之という人に違いない。
「えー今日はしょっぱなから若干冷や汗もののハプニングもありましたが――」
ここでゲラゲラという内輪受けの笑いが起こった。
「それでもなんとか無事に最後まで、パフォーマンスをやり切ることができました。これもひとえに、夏の合宿からずっと頑張ってきた、学生諸君一人一人の努力の賜物だと思います。まずは演者、スタッフのみんなに拍手ー」
拍手とともに「ひゅうひゅう!」という声がひとしきり盛り上がり、そのピークが過ぎるのを待って関氏は続けた。
「しかしいいかみんなー、これが表現である限り、自己満足で終わってはならない。幸い本日はここに、美術評論家の蓮沼信一郎先生が来てくださってます」
学生たちの拍手に会釈で応えるのは、白髪混じりの長髪をオールバックにして、トレンチコートを着た(模擬店はコートを脱ぐには寒かった)、おそらく50代のダンディな男性だった。蓮沼信一郎という名前は『美術手帖』でよく見かけるので、僕もこの人の文章はいくつか飛ばし読みくらいはしたことがあるのだろうと思った。
「先生、わざわざこんな山奥の学校までご足労いただき、ありがとうございます。先生にはあとでたっぷりと忌憚ないご意見を賜りたいと思います。……おい田中、オマエも何か言え」
やはり田中という名であった学生は、手を強く振って『いや、僕はいいです』という意思を示した。
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