僕は適当に相槌を打った。酒が回ってクダを巻き始めていることは明らかだったから、途中で何か疑問を挟んだりせず、喋るに任せた方が無難な気がした。悪口を言われている関氏は――と見ると、学生たちに囲まれて楽しそうにしているだけだった。
「そうやって大学院を出て……でも出たところでどうなるってこともないからな……アイツはアイツでしばらくバイトに明け暮れてたようだな。それから急になんか思い立ったようで、知り合いを頼ってヨーロッパに行って、二年ばかしあっちをプラプラしてたらしい。そんで帰ってきてしばらくして、個展やるって連絡があったんで、見に行ったわけ。そしたらよお……」
馬場氏は自分の口の周りを両手でモジャモジャするジェスチャーを加えた。
「偉そうに髭なんか生やしてやがんの、いっぱしのアーティスト気取りで。そんで、あの描いてた下手糞な抽象画はきれいさっぱりなくなって、代わりにギャラリーに大量の土持ち込んでんの。枯れ木なんかが立っててさ……土にテレビが何台も埋もれててよ……そんでなんかわからん映像流してるわけ。あっちで何見てきたか知らんが、今までの恥ずかしい過去を全部封印して、ガラッとイメージチェンジよ。ムカつくんで『こりゃなんだ』って訊いたら『ビデオ・インスタレーション』だとよ。『これからはこういう表現が世界的主流になる』って涼しい顔して俺に講釈垂れるもんだから、一発どついてやったさ……」
「どつくって……ケンカでもしたんですか?」
「ケンカなんかなんねえよ、アイツ太ってるだけで筋力ないから。二次会の居酒屋出たとこで軽く締め上げてやっただけさ」
この続きは、「文學界」4月号に全文掲載されています。
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