これまで楡周平は、『Cの福音』に始まる「朝倉恭介vs川瀬雅彦シリーズ」全六作で犯罪者対警察の闘いを描き、あるいは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京』とその続篇で政財界を舞台にした闘いを描いてきたが、それに際して、現実を逸脱することなく、フィクションとして躍動感溢れる作品を生み出してきた。だが、本書においては、企業の首切り策や、プロボノを活用したプランそのもののリアリティは維持しつつ、ターゲットの人格については、あえて“あり得ない”ものとしている。これをどう考えるかだが、解説者としては肯定的に評価したい。何故かといえば、だ。この“あり得なさ”を加味することで、作品全体としては良質な読後感に到達できるからである。つまり、そうせざるを得ないほどに現代日本社会は病んでおり、本書の描写には現実感があるのだ。たとえば、パシフィック電器産業が推し進めるリストラ策は、単に残酷であるだけではない。こうした人員削減要請は、小説中の架空の企業に特有のものではなく、規模の差こそあれ、今日の日本企業で普通に起こりうるものである。明日は我が身だ(既に経験された読者もいらっしゃるかもしれない)。また、本書では企業に属さぬ人々もプロボノ応募者などとして登場しているが、彼等の日々の苦しさも、また生々しい。だからこそ、楡周平は本書を完成させるにあたり、このバランスを選んだのだろう。現実を直視した上で、数々のエンターテインメント小説を世に送り出してきた楡周平ならではの判断といえよう。
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