彼は、大手電器メーカーであるパシフィック電器産業の人材開発課課長代理だ。人事の仕事は様々あれど、彼に任されたのはリストラ、要するに首切りである。それも一人や二人ではない。純損益で千三百億円の赤字という全社業績を立て直すべく、パシフィック電器産業はPC事業からの撤退を決めた。かくして、同事業に従事する四千人の首を、大岡の部署は切らねばならなくなったのである。その大半は、割り増し退職金などで穏便に退職に誘導できたが、強硬に退社を拒む社員が、まだ七十八人も残っていた。その状況をふまえ、人事部労務担当部長である江間は、部下である大岡に対して強烈な圧力を掛けてくる。“追い出し部屋”に配置するだけでは物足りない、もっとがんがん追い込めと……。
江間宏康。首切りのプロである。なにしろ所属していた子会社の人員整理で成果をあげて、本社の労務担当部長に抜擢された男だ。とにかく退職に追い込むための知恵は抜群に回るのである。本書の序盤では、そんな上司の下、なんとも悪辣な手法で社員の首を切らねばならない状況に追い込まれた大岡が描かれている。この手法が、あるベテラン社員への退職圧力を例としてきっちりと描かれているのだが、いやはや巧みである。退職を拒む社員の心をいかに折るか。あくどい手法だが、たしかに効果はあるだろう。大企業がその気になったときのリストラ策の怖さを、この事例はしっかりと物語っている。この生々しさは、社会人経験を豊富に積んでから作家に転じた楡周平の小説ならではの味わいだ。
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