別冊文藝春秋

『シェルター』甲斐さやか――立ち読み

文: 甲斐 さやか

電子版32号

「別冊文藝春秋 電子版32号」(文藝春秋 編)

 入所者専用エリアは、打って変わって安普請な作りだと思った。広間は天然石のような白いタイルだったのに、こちらはシートの床材だ。

「いま、空いてるのは二部屋だけです。出入りが激しいからね」

 ドアに番号は振られていなかったが、上側に、色分けされたアルファベットが貼られている。廊下の突き当たりの、給水器と、ゴミ箱が目に入った。

「最短の方は、どのくらいで出て行くんですか?」

「若くて仕事を選ばなければ、一週間くらいの人もいるわよ。まあ、なかなかそんなに、上手くはいかないけど」

「そうですか……」

「こちらのエリアにスタッフは滅多に来ませんから。夜の見回りなども特にしません」

「はい……」

「部屋に鍵はないからね。でもまあ、盗まれる持ち物もない訳だから、何も心配いりませんよ」

 ガイドの目尻に少しだけ皺がより、面白そうな顔をした。

 ドアの記号は、緑色のD。小さなビジネスホテルのような作りだった。白いベッドに目覚まし時計の載ったテーブルと、簡易椅子のみ。小窓があるが、大きく開けられないように固定されている。少しの隙間から風が入り、白色のカーテンが揺れていた。

「では、ごゆっくり。来週の面会のときに呼びにきます。頑張って」

 ガイドが、背後で言った。

「ありがとうございます。あの……」

 佐和子が振り返った時にはもう、廊下を去るゴム底の音が遠ざかっていた。

 来週の、弁護士との面会まで会えないのだろうか。その面会とは、そもそも何をするのかも、聞き忘れた。シェルターのルールも、この先のことも、まだわからぬことだらけだ。

 ドアを閉めて、白い紙袋から十三と刻印されたバッジ、ティッシュ、防寒用の白い羽織りもの、自前の老眼鏡を取り出して机に置いた。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)文藝春秋・編

発売日:2020年06月19日


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