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『邪教の子』澤村伊智――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)

文藝春秋・編

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「別冊文藝春秋 電子版32号」(文藝春秋 編)

 布団越しに二の腕を突かれる。微かな痛みが意識をまた少し明瞭にする。わたしはゆっくりと布団を剝いだ。薄い布団が酷く重く感じられた。

 祐仁がマットレスの角に胡座をかいて、心配そうにわたしを見ていた。

「今日も学校、休むのか」

「きょう、も?」

 訊き返すと、彼は悲しそうな顔をして、

「お前な、もう三日休んでるんだよ。ご飯もちゃんと食べてない。父さんも母さんも心配してるぞ」

 信じられなかったが、驚きの感情はほんの束の間、心の端の方で瞬いただけだった。

「……別にいいよ」

 わたしは答えた。

「こうなってるの、わたし一人だけじゃないもん。勇気も鈴子もそうだし、上のクラスも、下のクラスにだって」

「ああー」祐仁は頭を搔きながら、「それとはまた事情が違うだろ。お前の場合は単にショック受けてるだけじゃないか」

 当時のわたしたちは未熟だった。

「“単に”?」

「ああ、ごめん。軽く見てるわけじゃないんだ。けど、くよくよしないでほしいってこと」

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年06月19日

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