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『邪教の子』澤村伊智――立ち読み

『邪教の子』澤村伊智――立ち読み

澤村 伊智

電子版32号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

「別冊文藝春秋 電子版32号」(文藝春秋 編)

 祐仁は以前より痩せて小さく見えた。わたしのせいで彼まで弱り、衰えている。そんな風に思えた。

 微かに胸が痛んだが、これもほんの一瞬のことだった。

「……どうしたらいいの」

 わたしは訊いた。

 祐仁はしばらく手元を見つめていたが、やがて顔を上げて言った。

「とりあえず、健康に生きることかな。あの子が不幸だからって、自分まで不幸になることなんかない」

「でも」

「慧斗はせっかく良くなったんだ。幸せになったんだよ。それをこんな形で手放さないでほしい」

 恩着せがましい言い方だけどさ、と頭を搔く。祐仁の気持ちを思うとまた胸が痛んだ。つい先刻より強く長い痛みだった。

 わたしは立ち上がった。それだけで目眩を起こし、転びそうになる。祐仁が慌ててわたしを抱き止める。

「学校には無理して行かなくていい。父さんにも母さんにも説明した」

 祐仁は囁き声で言った。

「朋美も、他のみんなも、慧斗が来るのを楽しみにしてる。けど急がなくていい」

「うん」

「どうする? 朝ご飯?」

「うん」

 わたしは答えた。祐仁に支えられながら部屋を出た。廊下を歩くのが久々に思えた。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年06月19日

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