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『邪教の子』澤村伊智――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)

文藝春秋・編

くわしく
見る
「別冊文藝春秋 電子版32号」(文藝春秋 編)

 父さんも母さんも特に怒ったりはせず、ごく普通にわたしに接した。母さんは茜について根掘り葉掘り訊ね、わたしはその殆どをハイとイイエで答える。飯田邸から戻ってすぐ、二人とも祐仁からあらかた説明を受けていたそうだが、わたしに訊かなければ気が済まないという。

「ずっと生返事で心配だったの。あの日は帰りも遅かったし」

「そう……だったね」

 わたしは公園での出来事を思い出した。ウサギのイラストが描かれた便箋、ひらがなで認められた文字。わたしを拒絶する言葉。

 胸の痛みを感じながら、わたしは朝食を口に入れ、飲み込んだ。味はしなかったが心は確実に戻りつつあった。

 祐仁を見送って、わたしは部屋に戻った。隅に座り、ナップサックの中を漁る。

 茜から受け取った便箋が、指に引っ掛かった。姿勢を正し、便箋を開き、もう一度読んでみる。
 

 もうにどとこないで

 つぎにきたらわたし

 ぜったいにね

 ころされます

 ほんとうです

 さよなら さよなら ともだちはむり

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年06月19日

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