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「『自動車絶望工場』から50年、日本企業は変わったのか」

「『自動車絶望工場』から50年、日本企業は変わったのか」

文:鎌田 慧 (ルポライター)

『ユニクロ潜入一年』(横田 増生)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『ユニクロ潜入一年』(横田 増生)

 一九六〇年代から日本企業は、韓国、シンガポールへ、さらにフィリピン、インドネシア、台湾、中国、ベトナム、カンボジア、バングラデシュへと進出した。公害企業の転進もあった。労働運動を回避する狙いもあったであろう。わたしもそれぞれの国へ日本企業を追いかけていった。たとえば、メキシコの自動車部品工場で、日本人経営者は「これからは賃金の安いべトナムへ移ります」といっていた。資本に国境はない。が、それを見直させたのが、新型コロナウイルスである。

 新型コロナウイルス厄災が世界に拡がるなかで、「ジャスト・イン・タイム」の生産管理方式を前提にした、サプライ・チェーンが機能しなくなった。たとえば単価が低く、利益率も低いマスクは、人間の健康と生命の安全に必要であっても日本ではほとんど生産されていなかった。単価重視、利益第一主義、経済の外部化の脆さが明らかになった。

 

 ユニクロの企業経営の人間疎外を象徴している、次のような文章がある。

「レジでの精算業務を平均九十秒とすると、顧客のレジ誘導が課題となる。レジ列先頭からレジに到着するまで平均七秒をムダにしているからだ。ピークの一時間当たりの顧客数を千人とすると、千人×七秒=七千秒がムダになっている。この七千秒を有効に使えば、さらに七十七人のお客様をレジを通過させることができる」

 客の誘導をまるでベルトコンベアー式に、一秒のムダもなく管理しようとする標準作業の思想は、人間と向い合う仕事ではない。人間がもつ時間をムダとして排除する、現代の工場生産の、あえていえば「トヨタ生産方式」の直輸入である。

 生産と販売を機械的に直結させ、人間を介在させない疎外の方式は、サービス産業の自己否定であろう。まして衣類は人間を安らぎで包み込むもののはずだ。まもなく、膨大な商品の管理、販売はAIに代えられよう。

 Amazon、UNIQLO。横田増生さんの世界的な流通現場への潜入ルポは、第三次産業での現在只今の人間疎外の報告である。もっとも人間的な関係で成立つ職場が、利益追求のために人間関係が解体されている。この矛盾を暴いて、二億二千万円の損害賠償請求と書籍回収請求の裁判を受けた。

 五十年前、わたしは、自動車、鉄鋼、ガラス工場での解体された労働について、トヨタ自動車本社工場、新日鉄(現日本製鉄)八幡製鉄所、旭硝子(船橋工場)などでの体験ルポを発表したが、巨大企業三社は訴えるほど愚かではなかった。事実に謙虚、かつ報道を尊重したのだろうか。が、そのどちらにしても、労働現場の自由は、それ以降ますますちいさなものになったことを理解できる。

 ユニクロの役員報酬額十億円が、二十億円に引き上げられた。社内役員は柳井正氏と二人の息子。柳井家以外のもう一人の役員に株式保有はない。柳井家一家で四十数%の株式保有。売上高に占める人件費は、十三・八%から十三・二%に下がった。柳井正氏個人の自社株配当金は、年間百億円。総資産二兆円。

 ああ、「偉大なる柳井商店」はどこへいくのか? 前近代的な人間蔑視が、人間尊重の意識に変るのは、これからであろう。

文春文庫
ユニクロ潜入一年
横田増生

定価:924円(税込)発売日:2020年08月05日

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