そんな公任には、『北山抄』という有職故実の著作もあるが、公任の持っていた大量の検非違使関連の公文書が今に伝わることになったのは、この『北山抄』が書かれたからに他ならない。すなわち、公任が『北山抄』を書きはじめたのは、検非違使別当の任を離れてからしばらく後のことであったが、この『北山抄』の草稿を書くとき、公任が原稿用紙として用いたのは、不要になった検非違使関連の公文書の裏面だったのである。
平安時代においては、上級貴族たちの間でさえ、その裏側を使うというかたちで、不要になった書類を再利用することが当たり前であった。当時は、紙が絹よりも貴重だったからである。したがって、公任が『北山抄』の草稿を書くにあたって検非違使関連の公文書の裏側を使ったのも、全くの偶然であった。
とはいえ、そうした次第があってこそ、王朝時代の武士たちの武力行使を知ることのできる公文書が現代に伝わったのであるから、公任には深く感謝しなければなるまい。もちろん、公任本人は、こんなことで感謝されても驚くばかりであろうけれど。
検非違使別当藤原公任の事件簿
藤原公任が『北山抄』を著したことで生き残った一群の公文書は、歴史学者たちの間では、「三条家本北山抄裏文書」と呼ばれている。この呼称は、藤原公任の手になる『北山抄』の草稿が奇跡的に今も残っており、その草稿本の『北山抄』が藤原摂関家に連なる三条家の蔵書であったことに由来する。
この「三条家本北山抄裏文書」と呼ばれる公文書群には、現代であれば刑事事件として扱われるような事件をめぐる告発状が多く見られるものの、その他、現代の刑事事件に相当する事件に関連した検非違使別当からの命令書までもが幾通か見られる。そして、それらの告発状や命令書には、さまざまな土地に暮らすさまざまな武士たちが登場するが、彼らの起こした刑事事件も、実にさまざまである。「三条家本北山抄裏文書」の公文書群は、さながら、「検非違使別当藤原公任の事件簿」といったところであろうか。
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