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殺人・強盗・汚職――雅なイメージのある平安朝で巻き起こる凶悪な犯罪の数々

殺人・強盗・汚職――雅なイメージのある平安朝で巻き起こる凶悪な犯罪の数々

繁田 信一

『平安朝の事件簿』(繁田 信一)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

『平安朝の事件簿』(繁田 信一)

 なお、「三条家本北山抄裏文書」に見える告発状や命令書には、不思議と、都の事件ではなく地方を舞台とする事件を取り扱うものが多い。そこに見える事件の現場は、都から近いところでは、山城国・大和国・摂津国・河内国などであり、都から遠いところでは、播磨国や紀伊国である。それゆえ、「検非違使別当藤原公任の事件簿」である「三条家本北山抄裏文書」からは、王朝時代=平安時代中期の地方の人々の暮らしぶりを窺い知ることもできたりする。

 そして、「検非違使別当藤原公任の事件簿」に見られる地方の暮らしは、地方に盤踞する鎌倉武士たちの曾祖父の曾祖父たちのおかげで、かなり刺激的なものであった。「三条家本北山抄裏文書」の公文書群に登場する人々は、ある者は、海辺に暮らす武士によって、乗っていた船と船の積み荷の全てとを奪われたうえに、自身の生命まで脅かされたのであり、またある者は、手下を使って農地を荒らす武士たちを咎めたところ、逆襲に遭って負傷者を出しているのである。さらに言えば、「検非違使別当藤原公任の事件簿」には、地方の武士たちが共謀して都から下向した公職を帯びる下級貴族を亡き者にした殺人事件までが登場する。

 平安時代の人々の暮らしというと、特に、平安時代中期の王朝時代の人々の暮らしというと、多くの場合、都に暮らす貴族たちの暮らしが、しかも、都で栄華を極める上級貴族たちの暮らしが、取り上げられるばかりである。それは、これまで、王朝時代を語るうえで用いられてきた手がかりが、都の貴族たちが編纂した歴史書や同じく都の貴族たちが残した日記に偏っていたためであろう。都の貴族たちの手になる史料には、やはり、都の貴族たちのことばかりが記されているものなのである。

 そこで、本書では、「三条家本北山抄裏文書」として知られる公文書群を紐解きながら、王朝時代=平安時代中期の地方の暮らしを背景に見つつ、鎌倉武士たちの曾祖父の曾祖父にあたる王朝時代の武士たちの生き方を見ていきたい。そこには、驚くほど危険な暮らしぶりや信じられないほど乱暴な生き方が浮かび上がってくるはずであるが、それがどれほど刺激的なものであったとしても、そうして見出されるのは、あくまでも王朝時代の真実の一端なのである。そして、本書が求めるものは、確かな史実としての、鎌倉武士たちの曾祖父の曾祖父たち=王朝時代の武士たちの実像に他ならない。


(「はじめに」より)

文春新書
平安朝の事件簿
王朝びとの殺人・強盗・汚職
繁田信一

定価:968円(税込)発売日:2020年10月20日

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