――それでは、具体的にそれぞれの作品の魅力や、評価をお伺いしたいと思います。

『まむし三代記』木下昌輝

 市川 以前から木下ファンを自任していましたが、美濃の国を治めた斎藤家三代を描いた今作でも、格闘シーンのスタイリッシュさなど「やっぱり好きだな」と思わされました。

 内田 やっぱりアイデアがとてつもないですよね。加えて、ワクワクさせられる筋運びが展開されていて。

 市川 ただ物語の鍵になる、日ノ本を破壊しかねない最終兵器・“国滅ぼし”の正体が、割と早い段階で分かっちゃったんですよね。

 阿久津 同じく、“国滅ぼし”の真相は途中でなんとなく分かりました。それで最後まで引っ張るにはちょっと弱い部分があったかなと。

 市川 “国滅ぼし”をミステリーの軸にしてしまったがゆえに、物語を狭くしてしまったかもしれません。斎藤道三を含め、三代がのし上がっていく過程をじっくり見せてくれたほうが楽しい小説になったんじゃないかと思いました。ただ、ラストに向けて収斂していく様はさすがなんですよね。シーンとしても、道三の父として描かれている法蓮房が死んだ後など、面白いところがたくさんあって。

 田口 全体としては、そこまで有名じゃない人たちが活躍する姿が活写されていて面白く読めました。気になったのは、斎藤家の前半は史料が少ないのもあって、木下さんの創作がちょっと強すぎたんじゃないかと。

 昼間 逆に私は木下さんの作家性として創作部分をプラスに捉えています。斎藤道三はメジャーな人物なので、どうしても同じ人物を扱った過去の作品と比べられるというハンデを背負ってしまう。そこから脱却するために創作部分が強めになってしまうのは、やむを得ないと思いました。本作では、中世の貨幣制度を学べるのも良かったですね。

 内田 書店員としては、『まむし三代記』というタイトルで出版しなきゃいけないところに引っ掛かりを感じました。いまって、わかりやすいタイトルを付けがちだし、そうじゃないとなかなかセールス的に厳しくなるのはよくわかるんですが、『梟の城』みたいにカッコいいタイトルでも良かったんじゃないかって思うんです。これだけ面白いアイデアと中身があるのに、普通のタイトルになってしまっていてもったいないなと。

 市川 今作だけでなく、木下作品全体に言えることですが、ちょっと普通じゃないサイコパスっぽい人を出すのが本当に上手な作家ですからね。デビュー作の『宇喜多の捨て嫁』(文春文庫)は全ての歴史小説ファンにとって必読ですし、個人的には『敵の名は、宮本武蔵』(角川文庫)も好みです。敵役でも「何考えてるんだろう、こいつ」って人物の描き方が本当に魅力的なんですよ。

 田口 『まむし三代記』でも、いい意味での気持ち悪さが前面に出ていた気がします。

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