あらゆる場面で存在感を発揮する司馬作品
――今回の座談会を開催するにあたり、皆さんからは、「初心者にお勧めする短篇歴史小説」「ビジネスに役立ちそうな歴史小説」「自身が偏愛してきた歴史小説」の三作をうかがいました。まずは初心者向けの歴史小説を教えてください。
木下 歴史小説にハマったきっかけが司馬遼太郎さんなので、歴史小説をあまり読んだことのない方には、司馬作品をお勧めしています。その中でも「三条磧乱刃」(角川文庫ほか『新選組血風録』収録)ですね。
谷津 新撰組六番隊隊長の井上源三郎が主人公の。
木下 そう。井上源三郎は新撰組の中では決して強い剣士じゃないんだけど、近藤勇の古い友人だから幹部にされちゃった。まるで力の弱い先生と、出来損ないの生徒が事件を解決するような話で、学生にも読みやすいんじゃないかと。
今村 やっぱり歴史小説だと司馬先生の名前が最初にあがるいっぽう、大長編のイメージもあって、とっつきにくいと感じている人も多いと思います。その中では『侍はこわい』(光文社文庫)が短篇集で非常に読みやすいんですよ。司馬作品の入門として、これを読むことができたら、中編や連作短篇に進むのが一番いいかな。
川越 僕も司馬作品の「薩摩浄福寺党」(講談社文庫『アームストロング砲』に収録)を挙げました。これは凄そうと思われていた人物が、なにもせずに死んでいく話です。司馬遼太郎は「無駄な死が幕末にはいっぱいありました。これもその一つの無駄な死である」というようなことを書いてるんですが、そのむなしさが好きなんです。
天野 司馬作品が挙がってくるだろうなと予想していたので、絶対に自分は違う作品にしようと思って臨みました。あと、今日の出席メンバーの作品もやめておこうと考えていたはずなのに、初心者向けというお題で浮かんだのが、木下さんの「宇喜多の捨て嫁」(文春文庫『宇喜多の捨て嫁』に収録)でして(笑)。
木下 ありがとうございます。今度、天野さんには焼き肉をおごります(笑)。
天野 この作品はもちろん歴史小説なんですが、ミステリーでもあるし、ある種の家族小説、ホラーでもある。一粒で何度でも美味しいので、悔しいけど初心者にはうってつけなんじゃないかなと(笑)。
武川 町田康さんの「奇怪な鬼に瘤を除去される」(河出書房日本文学全集08『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』伊藤比呂美/福永武彦/町田康訳 収録)を選びました。皆さんとテイストの異なる作品を選んですみません(笑)。デビューの少し前まで、いわゆる日本の歴史小説をほとんど読んでないんです。この作品は、昔話のこぶとりじいさんを町田さんらしい、喋り口調で描いた作品で、読みながら口に出して自分も読みたくなってしまいます。
澤田 私は夢枕獏さんの「玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること」(文春文庫『陰陽師』収録)ですね。『陰陽師』の記念すべき一話目で、映画やコミックになっているので、初めて読む人にもイメージしやすいと思います。平安ものって読みにくい印象を持っている人が多いと思いますが、『陰陽師』シリーズは、ややこしい平安時代の制度なんかはほとんど触れず、登場人物と物語の動きだけで、平安という時代の空気を味わえるように書かれています。
谷津 澤田さんと同じく、映像化されているという点も含めて、酒見賢一さんの『墨攻』(文春文庫)を推薦します。中国の思想家・墨子の物語ですが、「皆さんが思っている歴史はこうでしょうけど、本当はこうなんだぜ」と示す驚きがあって。ストーリーも平明で非常に整った小説です。今回、短篇というお題だったので『墨攻』を挙げましたが、もし長編でもいいなら、天野さんの『桃山ビート・トライブ』を勧めたい。僕自身、この本がなければ歴史小説家としてデビューしていないと思うくらい影響を受けてます。
天野 ありがたいけど、あんまり影響を受けているように見えない(笑)。
谷津 本当に影響を受けていて、逆にいまはその影響をほぐそうと努力しています。特に戦国ものを書くと天野純希イズムがどこかに出てしまって書きづらいんですよね(笑)。
-
歴史小説はこんなに面白い! 後編
-
時代小説、これが2020年の収穫だ! Part1 縄田一男・選
2020.12.23特集 -
時代小説、これが2020年の収穫だ! Part2 末國善己・選
2020.12.24特集 -
時代小説、これが2020年の収穫だ! Part3 大矢博子・選
2020.12.25特集 -
目利き書店員が太鼓判! 2020年末年始に読むべき時代小説
2020.12.22特集 -
<谷津矢車インタビュー>信長に処刑された一族の生き残りが絵師となるまでを描く
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。