小説はビジネスに漢方薬のように効いてくる
川越 十年くらい会社勤めをしてきましたけど、ビジネスに役立ちそうな歴史小説って難しいですよね。実際、小説を読んでる暇があったら、メール返信のレスポンスを早くしたほうがいいような気がしますし(笑)。お薦めの短篇と同じで申し訳ないんですが、やっぱり司馬作品全般ということになるのかなあ。周りにも司馬作品なら知っているという人が多かったです。
今村 僕は城山三郎さんの『雄気堂々』(新潮文庫)です。渋沢栄一の物語で、今度大河ドラマにもなるのでちょうどいいんじゃないかと。組織作りや、日本における資本主義がどのように出来ていくのかが分かると思います。川越さんのおっしゃる通り、小説を読んでビジネスに役立たせるってすごく難しいと思うんです。ただ、小説は「この人物はこういう局面で苦労していたな」とか、細かいストーリーは忘れても、なんとなくのイメージは残りやすい。いざ自分が同じような場面で悩んだときに、即効性はないけど漢方薬のように効いてくるのかなと。
天野 組織、環境という面で見ると山本兼一さんの『火天の城』(文春文庫)が参考になると思います。職人が安土城を作る話ですけど、上司が織田信長で、現場は敵方の忍者がちょいちょい邪魔してくるというブラックな環境で(笑)。過酷な戦いを強いられるビジネスパーソンにうってつけですね。
武川 相当に悩みましたが、キリスト教一派に迫害されたユリアヌスの一代記である、邦生さんの『背教者ユリアヌス』(中公文庫)を選びました。社会人時代の経験から、仕事の辛さって毎日短いスパンで色々なことをやらなければいけないことによる消耗が大きいと思うんです。だからこそ、一代記のような長いスパンの物語を日々読むことでバランスを取ることが大切だと感じています。
木下 僕は職場や取引先で話題に出来るという観点で門井慶喜さんの『家康、江戸を建てる』(祥伝社文庫)をお薦めします。江戸の地に街を作る際、水道をどうするかとか、貨幣をどうするかという話は現代にも通じると感じます。接待の食事の席なんかで、ちょっと歳の離れた人と話す際にもいいんじゃないかな。
澤田 同じく江戸の街を舞台にした杉本苑子さんの短篇集『大江戸ゴミ戦争』(文春文庫)かな。江戸が百万人都市となって、ゴミがすごく増える中、登場人物たちが、ここに何か商機があるんじゃないか、稼げるんじゃないか、出世できるんじゃないかと色々な形で模索していく。昔の人もいまと同じようにビジネスに努めていたことが分かるし、ユーモアタッチなので読みやすいですよ。
谷津 江戸ものなら、童門冬二さんの『上杉鷹山』(集英社文庫)を挙げたいですね。ご存知の通り、上杉鷹山は江戸時代中期から後期にかけての藩政改革者なんですが、何かを改革するときって部下からの反発や、既得権益者からの攻撃がある。それに対し、鷹山はあるときはかわし、あるときはハートで勝負して切り抜けていくんですね。結局仕事って、心でやるものだと思うので、ビジネスパーソンが読むと、救われるところがあるんじゃないかと。
今村 たしか、アメリカの歴代大統領で上杉鷹山を尊敬している人がいましたよね?
谷津 ジョン・F・ケネディです。それだけ理想的なリーダー像だったんでしょうね。
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