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作家の羽休み――「第29回:「東京雲海」に行ってきた」

作家の羽休み――「第29回:「東京雲海」に行ってきた」

阿部 智里


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 大学生の頃、授業で紹介された展示を見に出向いた目黒の雅叙園では、百段階段や大広間に感動し、ホテルの中に滝が流れている光景に興奮したものです。あの見事さは、東京の文化あってこそのものですね。最近では、打ち合わせで出向いた目白のホテル椿山荘東京で「山内っぽいなあ!」と感動したことがありました。

 それが、「東京雲海」です。

 私は以前から椿山荘さんには色々とお世話になっています。大学の近くでしたので、学生時代はよく庭園内を散策させてもらっていましたし、この仕事についてからは打ち合わせでラウンジを度々使わせて頂いています。

完全に余談なのですが、母の誕生日祝いに食事をしたのも椿山荘さんでした。ちょうどメールが来て、本が増刷になったという報告を両親にしていたところ、烏の絵が入ったチョコプレートをサービスして下さったのです。素敵なお心遣いのおかげで、とても良い思い出を頂きました!

 椿山荘の庭園は、水が豊かで、起伏にとんだ地形には四季折々によく手入れされた花々が豊かに咲き誇っています。それだけで見応えは十分なのですが、最近では人工的に霧を発生させ、「雲海」を作り出しているのです。

 噂だけは聞いていたのですが、その日はもともと、雲海を目当てに来たわけではありませんでした。打ち合わせが終わったタイミングで霧が発生する時間を迎えたと聞き、じゃあ、せっかくならちょこっと寄ってみましょうか、とほんの軽い気持ちで編集さんと庭園に下りたのです。

 甘かったです。

 その時はすでに日が落ちており、少し雨が降っていたのですが、濃い霧の中にライトアップされた赤い橋やら三重の塔やら石像やらが次々浮かび上がるのは、一種異様な迫力がありました。美しいのにちょっぴり怖くて、その度に「おおっ」と声が出てしまったほどです。庭園内を一周する間、あっちに行こうか、こっちに行こうか、また霧が濃くなってきた、少し止まったほうがいい、などとあれこれ言い合うのは、もはや庭園散策というよりアトラクションに近いものがありました。

 高台に登ると、ホテルの光をバックにして、緑の中を白い霧が揺らめき流れていく様子を見下ろせます。本当に、都会のど真ん中で目に出来るとは思えないような美しい光景でした。

 しかし何よりびっくりしたのが、その空気です。深く息を吸うと、様々な種類の緑と水と湿った土の匂いがするのです。瞬間的に、群馬の山奥と同じだ、と感じました。それだけで、異界に迷いこんでしまったような感覚です。

 美しいだけでなく、楽しく、ゾクゾクとするような、貴重な体験をさせて頂きました。

夜の「東京雲海」 提供:ホテル椿山荘東京

東京雲海&千の光のライトアップ(ホテル椿山荘東京公式サイト)
https://hotel-chinzanso-tokyo.jp/unkai_lightup/


©阿部智里

阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。現在は「八咫烏シリーズ」第2部『楽園の烏』を執筆中。

【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc

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