世の中には、いかがわしいとされる世界がある。
軽蔑され、下に見られ、皆から目を背けられる世界だ。
しかし誰も手をつけないからこそ、その世界の地下には巨大な金塊が眠っており、それを掘り起こして一攫千金を夢見る者たちが現れた。
その金塊こそエロであり、戦後の経済成長とともに日本特有の裏産業として発展した。
この産業を肯定はできない。エロは法律の網目をくぐり、裏社会の資金源ともなり、多くの女性たちを虐げ、社会の風紀を乱した。
しかしエロ・ビジネスという暗部が存在し、1970年代以降、圧倒的なパワーを放ち続けたのもまた事実である。
エロスがなければ、出版界は急速に発展しなかっただろう。
VHSや、レンタルビデオ店も発展しなかっただろう。
衛星放送やインターネットの普及もこれほどに早くはなかっただろう。
すべては現実にあった、ただそれだけである。
数年前、私はそんな世界をドラマシリーズにするため、原作である一冊の本を手渡され、読み始めた。
そこには、一攫千金を夢見た者たちが描かれていた。
本書にも登場する者たちだ。
私は、時代が彼らにどのような影響を与えたのか知りたかった。ひたすら考え、『全裸監督 村西とおる伝』の著者である本橋信宏さんの本を片っぱしから読み漁った。
彼の本を、自分たちほど読んだ人間はいないだろう。たちというのはネットフリックスオリジナルドラマ「全裸監督」全8話を手がけた脚本チームのことを指した「たち」である。日本のドラマ執筆のシステムでは、複数のシナリオライターが1話ごとに担当するのが通例だが、「全裸監督」では全話をチームで書いて行くという、海外で多く行われているやり方をとった。
私は監督、そして脚本家として「全裸監督」の企画立ち上げの段階から入り、ドラマのキャラクター像や、ストーリーラインを1年以上に渡り書き続けた。
あらゆる“本橋本”を読みつくし、さらにはご本人にもお会いして取材を重ねた。
私たち脚本家チームは誰よりも“本橋通”である(なのでこの解説でも「本橋さん」と馴れ馴れしくさせていただく)。
ドラマ「全裸監督」は確かに村西とおるを描いた作品ではあるが、そんな波乱万丈の村西像を作り上げたのは物書き・本橋信宏にほかならない。本書冒頭のプロローグを読んでも分かる通り、本橋さんは生粋の物書きであり、その筆力は奥深い。
脚本家が執筆のために資料として本を読まなければいけない場合、退屈でいかにも辛い「お仕事」になってしまう場合が多い。しかし、本橋さんの本は退屈することなく読めて、長い脚本執筆期間を刺激的に過ごすことができた。
そんな「全裸監督」での縁もあり、本作『新・AV時代 全裸監督後の世界』の解説を書かせていただくことになった。
本作は著者が出会ってきた様々な人物を取り上げているが、じつは私は何よりもご本人に興味がある。
本書に登場する方々の人生は本橋フィルターを通すことで、より刺激的に読むことができる。それはやはり物書きとしての視点と技量なのではなかろうか。
ご本人に初めてお会いしたときから、妙な親近感を抱いた記憶がある。
本橋さんは村西とおるのもとで「スクランブル」なる雑誌の編集長も務めたりと、いわゆる出版界をベースにしている。
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