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中村吉右衛門主演ドラマ『鬼平犯科帳』聖地巡礼 あの名シーンはどのように撮られていたのか

中村吉右衛門主演ドラマ『鬼平犯科帳』聖地巡礼 あの名シーンはどのように撮られていたのか

春日 太一

池波正太郎、再発見!

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

俳優陣の安全も考えて

「雨乞い庄右衛門」の摩気であり、「血頭の丹兵衛」の谷山林道であり。「描きたい人物の心情」があって、「その心情を映像として伝えるのにふさわしいロケ地が撮影所の近くにある」というのが京都の強みです。そして能村プロデューサーの「できるだけ外で撮る」という方針によりその強みが十二分に活かされて『鬼平』の映像は情緒豊かなドラマに仕上がりました。

 京都のロケーションの強みはまだあります。それは、似たような景観でも微妙に風情が異なるロケ地がさまざまにあるため、場面の用途に合わせてそこから選択ができる点です。そのため、作り手はできるだけ理想に近い映像を撮ることができるのです。

 たとえば、石段。長い石段を使って撮影するにしても、京都には数多くの神社仏閣があり、それらの多くは古からの景観を残しているため、その中からイメージに合った場所を選択することができるのです。

 荒々しい感じなら神護寺、明るく整備された感じなら金戒光明寺、落ち着いた高級感を出したいなら二尊院、楚々とした風情が欲しいなら西寿寺。それぞれに、全く異なる特徴があり、場面の狙いに合わせて使い分けられてきました。

『鬼平』もさまざまな寺社の石段がロケ地として使われてきましたが、中でもインパクトを残していたのが第二シリーズ第九話「本門寺暮雪」のクライマックスシーンです。

「池上本門寺」の石段で平蔵と「凄い奴」と呼ばれる刺客(菅田俊)との決闘が展開されるのですが、撮影はもちろん池上本門寺ではありません。これは、粟生光明寺の石段で撮られました。

 ここの石段には大きな特徴があります。一段ごとの段差が低く、それでいて奥行きと幅がある。そして、段の表面は石が敷き詰められているような形状になっていてそれが紋様のように見える。つまり、かなり上品な風情が漂う空間になっているのです。

 そこを編み笠をかぶった平蔵=吉右衛門が登り、粉雪が舞う。もうそれだけで美しい。展開が何もなくとも、浸りたくなるような画になってしまいます。

 そして段上から現れ、斬りかかる刺客。段の向こうに鎮座しているように映し出される本堂の巨大な屋根が風情豊かな空間に違和感をもたらし、一気に不穏さが高まります。

 そして展開される激闘。美しいロケーションと、吉右衛門の美しくも激しい立ち回りが見事に融合して、最高に情緒あふれるファンタジー空間が映し出されることになりました。

 そして、この石段がロケ地に選ばれた理由はその美しさだけではありません。この場面、平蔵の決闘シーンの中でも有数の間一髪の勝利となるほどの、ギリギリの勝負になりました。それだけ、殺陣も激しいものになります。

 その殺陣を石段で撮影する。そうなりますと足場が不安定になり、俳優たちの身は危険にさらされます。段差が高かったり、奥行きがなく急勾配だったりすると、その危険度はさらに増します。

 その点、粟生光明寺の石段は遠目には「なだらかな坂」に見えるほど、段差はなく奥行きがある。だからこそ、「石段での決闘」も心置きなく撮影できたのです。

ロケ地の違いが生むもの

 京都のロケ地はバリエーションが豊富で、作り手たちはその中からイメージに合った場所を選ぶことができます。それは同時に、「同じような場面でも監督の解釈や美意識によっては全く異なるロケ地が選ばれる」のもあり得るということです。その違いを比べてみる、というのも『鬼平』のニッチな楽しみ方としてあります。

 特に違いが如実に出ているのが、第九シリーズ第二話と二時間スペシャル版とで二度映像化された「一寸の虫」です。

 平蔵の密偵として働く仁三郎(シリーズ版=火野正平、スペシャル版=寺脇康文)が、かつて大恩を受けた盗賊の首領の危機を知り、平蔵への忠誠との間で葛藤する――という展開は基本的には同じです。脚本も、どちらも古田求が書いているので、同じ場面、同じセリフも少なくありません。

 その「同じ」の中に、よく見比べてみると「おやっ?」となる場面があるのです。どちらのバージョンも物語の中盤に訪れます。

 それは、仁三郎の様子がどうもおかしい――そのことに気づいた密偵・おまさ(梶芽衣子)が密偵のリーダー格の五郎蔵(綿引勝彦)に相談する場面です。

 明るかった仁三郎が笑わなくなったことを心配するおまさ、その話をじっと聞く五郎蔵。繰り広げられるやりとりは同じです。が、受ける印象がまるで異なるのです。

 それは、ロケ地の違いによるものでした。シリーズ版は摩気神社の参道で撮られています。そのため、どこか侘びた風情がある。「周囲に人が少ない神社で秘密の話をする」には、的確なロケ地選びといえます。

 が、それがスペシャル版になると一転。伏見稲荷大社の千本鳥居の下で撮られているのです。幾重にも連なる鳥居の朱色が背景を埋め尽くしているため、画面は一気に派手になります。

 これはスペシャル版に「この後の不穏な展開」を匂わせるやり取りが加えられているため、どこか不穏な雰囲気のある場所の方が適している――と考えることもできます。

 が、それ以上にそれぞれの監督の美意識の違いが反映されているのです。シリーズ版を撮ったのは小野田嘉幹監督。初代『鬼平』からメインを張ってきた監督で、台本の意図を読み取り、的確に映像化することに長けている職人です。それだけに、摩気神社というロケ地選びはさすがと言えます。

 一方のスペシャル版は石原興監督。元は「必殺シリーズ」のカメラマンとして名を馳せ、時にはリアルさを度外視したケレン味ある画作りを得意としています。今回も、場面自体は地味だと判断、視聴者を飽きさせないようにするため、せめて画だけでも派手なものにして目を引こう――そうした考えによるロケ地選びでした。

 ちょっとした場面でも撮影所から出てロケで撮る。そのことを徹底してきた『鬼平』だからこそ生まれた、両者の違いといえます。

京都・八坂神社を散策する池波正太郎さん

オール讀物2021年5月号

文藝春秋

2021年4月22日 発売

文春文庫
鬼平犯科帳 決定版(一)
池波正太郎

定価:825円(税込)発売日:2016年12月31日

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