- 2021.06.10
- 書評
コロナ禍による“格差の拡大”を先取りして論じる、震撼の書
文:佐藤 優 (作家・元外務省主任分析官)
『世界を変えた14の密約』(ジャック・ペレッティ)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
今後の人類は、どのような道を歩むのだろうか。極一部の富裕層を除き、大多数の人類が奴隷化する危険性に対する警鐘をペレッティ氏は鳴らしているのだと思う。この点で示唆的なのが、消えた自動洗車機のエピソードだ。〈1970年代の自動洗車機は、人手をかけずに車をピカピカに磨いてくれた。大きくてふわふわのブラシが車を囲み、汚れひとつないよう輝かせてくれていた。/しかし2010年以降、意外なことが起きた。自動洗車機が消えて、何人もの人が車の周りに集まってスポンジと布で必死に車を磨くようになったのだ。1970年代にガレージの真ん中にこれ見よがしに置かれていた自動洗車機は、もう人に見せたい機械ではなくなった。今では安っぽいデッドスペースにひっそりと隠されている。古い自動車廃棄場や、さびれたガソリンスタンドの正面にある。時折見かけても、数日もするとまた消えている。/機械に置き換わった人間は、機械の半分の時間で洗車ができる。彼らはいい仕事をする。失業を死ぬほど恐れているからだ。そして、ここが重要なところだ。人間の方が安い。/自動洗車機はよく故障していたし、メンテナンスや人の注意が必要だった。約束したような輝かしい未来ではなく、頭痛の種になり、元も取れなくなった。自動洗車機は、すべての仕事がどうなるかを示すものだ。自分で自分の面倒をみられる人間が、タダ同然の機械に置き換わる。失業をほのめかすだけで、人はもっと必死に働くようになる〉(457~458頁)。子どもの頃から、タブレットに向かわされ、受動的教育だけを受けていると、失業をほのめかされるだけで、必死になって働くアトム(原子)化された個人ばかりになるのかもしれない。しかし、別のシナリオもある。マルクスが唱えた革命の可能性だ。マルクスは、格差が極限にまで拡大すると「収奪者が収奪される」ことになると言う。〈この転形過程のあらゆる利益を横領し、独占する大資本家の数の不断の減少とともに、窮乏、抑圧、隷従、堕落、搾取される大衆が、増大するのであるが、また、絶えず膨脹しつつ、資本主義的生産過程そのものの機構によって、訓練され結集され組織される労働者階級の反抗も、増大する。資本独占は、それとともに、かつそれのもとで開花した生産様式の桎梏となる。生産手段の集中と労働の社会化とは、それらの資本主義的外被とは、調和しえなくなる一点に到達する。外被は爆破される。資本主義的私有の最期を告げる鐘が鳴る。収奪者が収奪される〉(前掲、『資本論 第一巻』951~952頁。訳文を一部変更した。向坂訳では、「……窮乏、抑圧、隷従、堕落、搾取の度」となっているが、これはドイツ語のMasse[大衆]をMass[度]と勘違いしたと思われる)。しかし、このような革命の後に起きるのは、混乱、さらにその混乱を押さえるための独裁制だったというのが、これまでの社会主義の歴史が示すところだ。
冒頭、私はコロナ禍で、グローバリゼーションに歯止めがかかり、国家機能が強化されるとの見立てを示した。ペレッティ氏がコロナ禍で変化する国家機能について取材し、ノンフィクション作品にまとめれば、格差社会と異なる未来図が見えてくるかもしれない。もっともその未来図は、ファシズムと親和性が高いかもしれない。
本書の特徴は、翻訳が傑出して優れていることだ。関美和氏(杏林大学外国語学部准教授)がサブスタンス(内容)をよく理解した上でこなれた日本語に訳していることに敬意を表する。
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