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自分らしく生きていいんだ――ゲイの男性が辿り着いた愛のカタチ

自分らしく生きていいんだ――ゲイの男性が辿り着いた愛のカタチ

文:ホラン 千秋

『僕が夫に出会うまで』(七崎 良輔)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『僕が夫に出会うまで』(七崎 良輔)

 私には性的マイノリティとされる友人が何人かいるが、高校生のときから仲が良かった友人は、大学生の頃に同性愛者であることをカミングアウトした。当時のSNSの主流だったミクシィで。友人同士がメインのコミュニティ内とはいえ、不特定多数の人に向かって。すごい勇気だ。

「自分は男性が好きです。女性を好きになろうと努力したこともあるけど、やはり好きになれませんでした。男性が好きです」

 たしかに、彼は高校生のときに、女性と付き合っていた。人知れず、彼は葛藤し、生き方を試行錯誤していたのだろう。それに気づけなかったことを友人として悔やんだことはあるけれど、その前後で彼に対する友情が変わったかというと、そんなことは全くなかった。私の彼に関する認識のインプットが、「女性が好き」から「男性が好き」に変換されただけのこと。彼は彼だし、それからも変わらずに大切な友達のままだった。

 相手の恋愛対象が自分と違うというだけで、まるで異なる生き物であるかのように、相手との接し方が分からなくなる人がいる。この傾向は、世代が上がれば上がるほど強まるように思う。自分の身近にはいない、と距離を置くこともあるだろう。しかし、それは単なる思考停止だ。話を聞いてみれば、自分が勝手に壁を作っていただけなのではないかと気づくこともあるはずだ。女性が好き、男性が好き、両方好きといったことだけで、相手の人としての魅力が左右されることはない。本来、人と違うことは、ある意味当たり前のことだ。誰一人として同じ人間などいないし、セクシュアルマイノリティであるということは、その人の大切な一部ではあるが、全てではない。それぞれが一人の人間として接することが、本当の意味での多様性社会の実現につながると思う。

 しかし、誰もが七崎さんのようにカミングアウトできるわけではない。七崎さんも、友人達に話すまでには長い時間を要したし、とりわけ母親への告白は悩みに悩んでいる。カミングアウトすれば、母は傷つき、育て方を間違えたのではないかと罪悪感に苛まれるのではないか。自分が楽になるために、母を苦しめるのは自己中心的な行動なのではないか。それでも、自分はゲイとして生きて、決して不幸ではないと、母に伝えることを決意し、打ち明けるが……。

 

「誰にも言わずに生きていきなさい。墓場まで隠し通すの」(本文一八六頁)

 

 これ以上息子に傷ついて欲しくない。これは母の精一杯の愛情表現だったのかもしれない。自分が経験したことのない、同性が好きだという息子に、最も戸惑ったのは母親だったのだ。七崎さんにも、ましてや彼の母にも非はない。ふたりの対話には胸が苦しくなった。

 それでも、長い年月をかけて、母は徐々に息子のことを理解するようになる。札幌でパートナーシップ制度が出来たことに、「世の中も認めてくれてきてるじゃない! だから頑張りなさいよ」と喜んだ。そこで私は気付いた。LGBTについて理解することが難しい人たちにとっては、社会のシステムや制度が変わっていくことこそ、彼らの背中を押すことになるのだ、と。

 ところが、日本は遅れている。同性婚を認める法律はなく、それに準じる制度もないのは、G7諸国でも日本だけだ(二〇二一年七月現在)。パートナーシップ制度は徐々に整備されつつあるものの、法的権利が確立されているわけではない。たとえば、パートナーまでを福利厚生の対象とする企業ばかりではない。パートナーが意識不明で搬送され入院しても、病室がどこかは教えてもらえない。遺産相続の権利もない。保険の受取人をパートナーにできないこともある。枚挙にいとまがないが、異性のパートナーなら当たり前に持てる権利が、同性パートナーには平等に与えられていない。

 政治とは、声なき人たちの声に耳を傾けることが本質であるはずなのに、性的マイノリティの人たちの救済はなかなか進まない。少しずつ前進していても、そのスピードは十分とはいえないのだ。マジョリティの都合で行われる議論には、マイノリティの気持ちは掬い取られない。もっと当事者の声に耳を傾けて欲しいと願っている。

 二〇二一年四月、キャスターを務める「Nスタ」(TBS系列)で、七崎さんにインタビューする機会があった。実際に会うと、本書に描かれたままにエネルギッシュで、人懐っこくて、底抜けに明るい人だった。夫夫となったパートナーの亮介さんのことを尋ねると、「愛情の対象が最近飼い始めた犬に向かってちょっと寂しい」と苦笑しながらも、「言葉数の少ない、器の大きな人」だと話してくれた。お互いの足りないところを補い合える存在。些細なことで喧嘩もするが、どちらからともなく仲直りして、また喧嘩して……。どこにでもいる「ふつうの」カップルの姿がそこにはあった。

 もっと自分らしく生きていいんだよ――。七崎さんの言葉は明るくて、強い。

文春文庫
僕が夫に出会うまで
七崎良輔

定価:869円(税込)発売日:2021年09月01日

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