- 2021.09.06
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2021年上半期の傑作ミステリーはこれだ!【国内編】<編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2021年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
【“水”に閉じ込められたクローズドサークル】
N この流れで阿津川さんの『蒼海館の殺人』(講談社タイガ)を推してもいいですか? これは『紅蓮館の殺人』(同前)に続くシリーズ2作目。1作目は、高校生の主人公が、探偵役の同級生・葛城とともに山奥に建つ小説家の邸宅を訪問すると、そこで殺人と山火事に巻き込まれるという、クイーン『シャム双生児の謎』を彷彿とさせるものでした。その大惨事から生き残り、トラウマを背負って田舎の実家に引きこもっている葛城を、主人公が訪ねていくところから2作目が始まります。
葛城家は旧家の大豪邸で、たまたま少し前にお祖父さんが変死して、家族会議が開かれようとしているところだった。主人公は歓待され、「ゆっくりしていきなさい」的なことを言われるんだけれど、そこに巨大台風がやってきてしまう。道路は寸断、連絡手段も断ち切られ、さらには各章の頭に「館まで水位○メートル」とあるように、決壊した川の水がじわじわ迫ってくる。前回は火、今回は水に閉じ込められた山荘というわけです。
このクローズドサークルで何が起きるかというと、まず葛城の兄が、邸宅の離れで顔を散弾銃で吹きとばされた死体で発見される。自分の足の指で引鉄を引いた自殺のように見えるのだけれど、これを皮切りに殺人が起き始める。クリスティの『ねずみとり』を思わせる、閉ざされた山荘の連続殺人ものなんですね。ミステリー的に好きだったのは――ギリギリ明かしてもいいと思うから言いますけれども――阿津川さんは「顔のない死体」の新しいパターンに挑戦しているんですね。非常に面白い趣向が凝らされています。
さらに! オーソドックスな本格ミステリーの中に遊び心もあって、本書の第四部に、とある人物が隠し事をしていたことが明かされる短いパートがあるんだけど、そこが何とデイヴィッド・ピースの文体で書かれている(笑)。章のエピグラフにも掲げられている『TOKYO YEAR ZERO』の文体は非常にクセがあって使いこなすのがものすごく大変なんですが、完璧に自分のものにしていて、ピースの担当編集者である僕も感心しました。
前作と今作とに通底しているのは、「名探偵とはなんであるか?」という真剣な問いかけです。『蒼海館』でもその問いをゴリゴリ突き詰め、さながら少年漫画のような熱い答えを提示する。直球の熱さで泣きそうになっちゃいました。そんなふうにドラマとしても強いクライマックスが用意されていて、ミステリーオタク心が大変にくすぐられる小説でした。
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