- 2021.09.06
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2021年上半期の傑作ミステリーはこれだ!【国内編】<編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2021年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
【かつてない悪意! イヤミスの一歩、二歩先を行く『花束は毒』】
H 織守きょうやさんの『花束は毒』(文藝春秋)も、見方によっては、名探偵の存在理由を現代的な倫理で検証した結果、生まれた作品とも言えるんですよ。
織守さんの小説内リアリティにおいては、他人の事件にくちばしを容れる名探偵という存在が、やっぱり許容できない。「いかなる権利があってこの人は他人の過去を調査するのか?」という問いに答えるために、北見理花という女性探偵を、中学生の頃から叔父さんの探偵事務所を手伝っている、根っからの職業探偵にするしかなかったんですね。
まずプロローグとして、理花の中学時代が描かれます。まだ中学生で何の制約もない彼女は、無邪気に「探偵見習いです」と言い、学校内のトラブルを解決してまわる。その結果、彼女はいじめっ子を学校から放逐してしまうわけですけれど、月日が流れ、大人になった理花は、過去の彼女とは何かが変わっている。おそらく彼女の中に、過去の自分に対する反省、「探偵は何をやってもいいわけではなかった」という後悔があり、その上で、私立探偵は「ここまではできる」「これ以上はできない」と、ある種の職業倫理を持つに至っているんですね。いうならば「探偵業法を遵守する名探偵」。
司会 すると、『花束は毒』もまた、従来の本格ミステリーが当然の前提にしてきた「名探偵システム」に対する、現代的な再検証の成果と解釈できるわけですか。
H そう思います。印象的なのは、「法律上できる事が探偵より多いから、弁護士を目指せば」と言われた理花が、「人の人生に責任を持ちたくないんだと思う」と答えるんです。従来の名探偵って、他人の人生にずかずか入り込んでいくのが普通だし、別に悪いとも思っていなかったけれど、考えてみれば、自分の介入が他人の人生を大きく変えてしまうかもしれない、できればそういう事をしたくないっていう気持ちって、現代的な自然な気持ちですよね。「名探偵」の存在理由を問うているという点では、織守さんもまた、新本格ミステリーの“後継者”といえるのではないでしょうか。
実は『琥珀の夏』もそうなんですよ。辻村さんが主人公の法子をなぜ弁護士にしたかというと、弁護士であれば、自分の我欲とは関係なく“業務として”中立的な立場で事件に関われるから。いまの書き手は、探偵役は「何の権限があって事件に口を出すのか」ということを、常に自問自答しているのかなと思います。
司会 名探偵論はひとまず措くとして、『花束は毒』はその強烈な読後感も話題になっていますね。簡単にあらすじを紹介しますと、昔、家庭教師をしてくれた兄貴分の元医学生・真壁が、結婚を控えて謎の脅迫状に怯えている、なんとか脅迫者の正体をつきとめられないか――。こういう依頼が大人になった理花のもとにもたらされるんですね。依頼者は被害にあっている真壁本人ではなく、彼を慕う後輩の青年・木瀬。この青年は中学時代、いじめ相談を理花にもちかけた後輩でもあって、2人は真壁に内緒で、彼の過去を調べ始める、という筋立てです。
K 過去の事件をめぐって「これほどの悪がかつてあったか」と思うほどの行為が描かれるんですけど、「本当にひどいことを考えるなあ、織守さん」って思いますね。
H 世の中にこれほどの悪意があるんだったら普通に生きてなんかいられない! と思ってしまうほどのひどさ。なのに、あり得そうだから怖い。被害者の真壁もずっと何かを隠していて、彼の過去が少しずつ明らかになるにつれて、登場人物に対するこちらの感情が二転、三転する仕掛けも面白いです。
調査の結果、最終的に「探偵は人の人生を左右するような責任を負うべきか否か」という、ミステリーの本質的なテーマにかかわるような問いが投げかけられます。作中のある登場人物が選択を迫られるのですが、読んでいる私たちもまた「あなたならどうする?」と、問いを突き付けられたような気持ちになる。
K 読み終わった後、けっこう意見がわかれるらしいですね。「自分ならどうするだろう?」と。
H そうそう(笑)。
K 「この爆弾をどう処理するか」みたいな問いの重たさを、ぜひ多くの人に味わってほしいと思います。物語の終盤、ひたすら「人のイヤなところあるある」を少しずつずらして反転させていく手際が本当に見事で、いわゆる「イヤミス」で満足しきれなかった読者の心を大いに掻きたてていると思います。「イヤミス」の一歩、二歩先を行く作品で、感想としては、やっぱり「織守さん、よくぞこんなひどい話を……」となる(笑)。
【海外編(後日公開予定)につづく】
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