大統領のサインボールも手に入れた。ロッカーの椅子に置いてあったボールが転がり落ち、偶然にもその足元へ。「それで、『サイン欲しいかい?』みたいな感じで大統領から聞いてくれた。『No』は言えませんよ」。ベースボールが、いかにアメリカで愛されているのか。大統領のふるまいと言葉から、感じることは多かったようだった。
自分が関わるストーリーにこだわり、自らのプレーを「作品」と称するイチローが、鼻につく人もいるだろう。しかし、長らく業界のトップにいるような人物は、多少なりとも同様の資質を兼ね備えているように思える。
日本代表監督問題に関する発言、WBC連覇を決めた一打も含め、スーパースターは何をやっても話題の中心にいる。「嫌いは好きの裏返し。僕らにとって一番良くないのは無関心」。そんな彼の言葉を思い起こすことが多かった、9度目のオールスター取材だった。
メジャー通算2000安打の瞬間
イチローはオールスター後も順調にヒットを積み重ねたが、8月23日インディアンス戦でアクシデントに見舞われた。最後の打席、ピッチャーゴロで一塁に駆け込んだ際、左ふくらはぎを痛めて交代。再び8試合の欠場を余儀なくされたが、イチローが凹むことはなかった。
復帰後、最初の節目はメジャー通算2000安打だった。9月6日、敵地アスレチックス戦プレーボール後の2球目を、ライト線への二塁打とし大台に乗せた。強い日差しに目を細め、ゆっくりヘルメットを差し上げるイチロー。そこに両チーム選手と敵地ファンからの温かい拍手が降りそそぐ。
「オークランドという場所で観客の皆さんが祝福してくれた。ちょっと感慨深いものがあります」
メジャー1年目の4月、“レーザー・ビーム”を初披露した球場で、その直前に頭にコインを投げつけられた。「そのことを思い出した。気持ち良かったですね」。1402試合での達成は、20世紀以降で2番目の速さだった。
その翌日、試合がないにもかかわらずイチローは次の遠征地エンゼル・スタジアムで黙々と体を動かしていた。誰もいない外野で入念なストレッチとランニング、室内ケージでのティー打撃。締めは約3分間の素振りだ。静かな室内練習場で、バットが空気を切り裂く音だけが聞こえていた。
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