所轄署の「お偉いさん」が謎に挑む
次は所轄署のお偉いさんつながりで真保裕一『脇坂副署長の長い一日』(16年)である。
人気アイドルが一日署長を務める日の早朝に、由々しき事態が起きた。病欠中の署員がバイク事故を起こした末に行方がわからなくなったのだ。マスコミの注目が集まる日に起きた署員の不祥事に加え、プライベートでも問題が起きていた。その日の深夜に実家に戻った娘から、妻と息子の姿が見えないとの連絡があったのだ。さらにアイドルの違法薬物使用をほのめかす怪文書も発見される。こうして脇坂は、公私にわたる難題に向かい合うことになるのだった。
作者お得意の群像サスペンスと、同時多発的に起きる事件を描くモジュラー型警察小説を組み合わせた作品だ。二十四時間という制約の中で、さまざまな謎が一つに収斂していく。息をつかせない展開の裏には、作者の精緻な計算が隠されているのだ。
松嶋智左『女副署長』(20年)は特に「警察署」小説と呼んでもいいのではないだろうか。大型台風の襲来という非常事態の中、深夜に署の駐車場から署員の他殺死体が発見される。外部の人間が出入りした形跡がないため、容疑者は署内の人間としか考えられなかった。台風による悪天候で、県警の捜査班は朝まで来られない。それまでに所轄署の名誉にかけて、事件解決に挑まなければならない。署長不在のためその責任者となったのが副署長の田添杏美であった。
彼女は県警初の女性副署長である。そのため周囲から向けられる視線もより厳しい。さらに副署長としてまだまだ未熟だと自認している。しかも就任間もないため署内の掌握も不十分。このようなハンデを抱えながら、事件解決に挑むのだ。脇役たちの造形も見事なタイムリミットミステリーなのだ。