- 2022.02.01
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2021年の傑作ミステリーはこれだ!【前編】<編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2021年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
★いまのトレンドを詰め込んだ乱歩賞
A 私からは第67回の江戸川乱歩賞受賞作を。昨年は2作受賞だったのですが、そのうちの1作、桃野雑派『老虎残夢』(講談社)は、乱歩賞の歴史から見ても非常にユニークな作品。いわゆる武侠小説の形をとった本格ミステリーなんです。「武侠小説」とは要するに中国武術の達人たちが活躍する冒険活劇のことなんですけれど、13世紀の初め、南宋の時代の武術の大先生が、雪の降る夜、湖に浮かぶ小さな島の楼閣の中で殺されるという、ある種の密室殺人を描いています。
この武術の先生は、自宅でふたりの女の子を養ってるんです。ひとりは武侠の内弟子で、もうひとりは養女なんですけれど、実はこの女の子ふたりは恋愛関係にあるんですね。
一堂 おおー。
A 百合ミスです(笑)。もう1つ物語の前提を解説しておくと、中国拳法には「内功」「外功」という概念がありまして、「外功」とは外面的な力、身体を鍛えて強くできる膂力のこと。「内功」はいわゆる「気」ですね。気脈の「気」。身体の内側から生じる力のことなんですけど、殺されてしまう先生はものすごい達人で、この「内功」も「外功」も鍛え抜かれているので、ほとんど超能力のような特殊能力を発揮できてしまう。先生と同居している弟子で、本作の主人公となる蒼紫苑(そう・しおん)は、かつてある理由で肉体を傷つけてしまい、外功を鍛えるには限界がある。そのぶん内功の修業に専念していて、彼女もたとえば「壁を走る」などの特殊能力を発揮することができるんですね。
ある時、自らの老いを悟った先生が武侠の奥義書を譲り渡すことになり、3人の達人が先生のもとに呼ばれるんです。内弟子である紫苑も当然、奥義を継承したいけれども、身体の怪我があって難しい。それで外部から3人の候補者が招かれ、いよいよ奥義を伝授する段になって、先生が殺されてしまうわけです。当然、湖の中の孤島に「誰が」「どのようにして」行くことができたかが問題になります。実は、「内功」の1つに、水上を走るという能力があるんです。そして、その技を使って湖を渡れるのが師匠と紫苑のふたりだけという設定になっています。招かれた3人にはそこまでの能力がない。
ここから先の展開を明かすことは控えますが、本作のコンセプトは明瞭で、帯にすべて書いてあります。「館」×「特殊設定」×「孤島」×「百合」。現在のトレンド全部を組み合わせたミステリーなんですね。武侠の「内功」という特殊設定に、「百合」要素まで入って、しかも舞台が中国ということで、ある意味では華文ミステリーっぽさもある。
乱歩賞の選考委員も指摘しているように、本格ミステリーとして読むとトリックに少々雑なところがあります。ただ、キャラがたいへん魅力的で、武侠小説、百合小説として楽しく読み進めることができる。乱歩賞としてはかなり珍しいタイプのミステリーといえます。
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