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ステイホームのお供に! 2021年の傑作ミステリーはこれだ!【前編】<編集者座談会>

ステイホームのお供に! 2021年の傑作ミステリーはこれだ!【前編】<編集者座談会>

「オール讀物」編集部

文春きってのミステリー通編集者が2021年の傑作をおすすめします。


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

★社会派ミステリーの新潮流

K 年末のベスト10には絡みませんでしたが、辻堂ゆめさんの『トリカゴ』(東京創元社)がすごく面白かった! 『テスカトリポカ』にも無戸籍の子どもたちが出てきますが、こちらはより深く無戸籍問題に踏み込んだ社会派ミステリーなんですよ。

『トリカゴ』(辻堂 ゆめ/東京創元社)

冒頭、男性がナイフで切りつけられる殺人未遂事件が発生して、近くにいた元交際相手の女性が逮捕されるんですね。ところが主人公の女性刑事・森垣が事情聴取しても「名前はハナ」という情報しか得られない。「名字は?」「ありません」「年齢は?」「わかりません」「住所は?」「ネットカフェ」みたいなやりとりが続いて、森垣刑事はハナが黙秘してると思って怒るんですけど、しだいに彼女が無戸籍で、本名も生年月日も、自分の親が誰かさえ知らないという事実がわかってきます。

結局、ハナは自白を翻して不起訴になり、釈放されるんですが、彼女のことが気になる森垣は、ネットカフェまで彼女を送ったあと、こっそり張り込むんです。すると、ハナはネットカフェを抜け出し、とある食品工場の倉庫に向かう。その倉庫には15人ぐらいの集団が暮らしていて、実はみんな無戸籍の人たち。倉庫が「ユートピア」と呼ばれる無戸籍者のヴィレッジになっているんですね。

いっぽう、20数年前に発生した「鳥籠事件」と呼ばれる有名な出来事も描かれます。3歳の男の子と1歳の女の子の兄妹が生後すぐネグレクトされ、ペットの鳥と一緒にマンションの一室に放置されたために、鳥の鳴き声を出すことしかできない、羽根を羽ばたかせるような仕草しかできない状態で発見されるという悲惨な虐待事件なんですけど、この兄妹はさらに、養護施設に保護された1年後、何者かに誘拐されて、結局、生死不明のまま事件は迷宮入りしてしまっている――。

ハナのことが心配で「ユートピア」に出入りするようになった森垣刑事は、ハナが「鳥籠事件」の妹のほうなんじゃないかと推理するんですね。警視庁の未解決事件を捜査する部署に「鳥籠事件」担当の男性刑事がいて、森垣は彼と協力しながら、2つの事件を追うことになります。

まず冒頭の殺人未遂事件。「ハナはなぜ男を刺したのか?」「なぜ自白を翻したのか?」「そもそも本当にハナが真犯人なのか?」という謎です。次に「ハナは鳥籠事件の被害女児なのか?」「だとしたら鳥籠事件の誘拐犯は誰なのか?」というハナの生い立ちに関わる謎。もちろん最後に両方の謎が解かれるんですけど、この、2つの事件の動機が鳥肌が立つほどすさまじいんですよ。突飛でゾッとするような動機なのに、物語の中での納得感もあって。おおいにおすすめしたい作品なんです。

司会 昨年のミステリーだと、降田天さんの『朝と夕の犯罪』(KADOKAWA)も無戸籍問題を扱っていましたよね。 

『朝と夕の犯罪』(降田 天/KADOKAWA)

K そうです。こちらも力作で、お父さんと車上生活をしている幼い兄弟がいるんですね。学校に行かせてもらえず、賽銭泥棒などの軽犯罪を重ねて暮らしている、血縁があるかどうかもわからない「疑似家族」なんだけど、ある日、お父さんがいなくなってしまったために、兄は世田谷のわりとよい家庭の里子として引き取られ、弟は施設に預けられます。10年後、弟の暮らす施設が震災で被害を被ったのに修繕費がなく、このままでは施設を維持できないという危機に瀕して、弟は身代金誘拐を計画するんです。そこで大学生になっていたかつての兄に声をかけ、一緒に誘拐計画を練る――ここまでが第1部。

第2部は、さらに8年がたち、とあるアパートの一室で衰弱した兄妹が発見されるんですが、これが可哀想で……。7歳のお兄ちゃんはなんとか助かったけれど、妹は残念ながら餓死していて、部屋はボロボロに荒れている。この兄妹が無戸籍児なんです。警察はすぐ母親を逮捕するものの、こちらも偽名らしき名前を名乗るのみで、素性がわからない。やがて情報提供があり、逮捕された母親はかつて誘拐事件に巻き込まれた被害者なのでは? とわかってきて、ついに第1部の事件と繋がるわけです。過去に何が起きていたのか、少しずつ見えてくる仕掛けになっています。

KU 無戸籍問題は最近、ミステリーのテーマとして描かれることが多いですね。2019年に出た葉真中顕さんの『Blue』(光文社)も無戸籍者を扱っていました。

司会 『トリカゴ』の参考文献にも挙がっているノンフィクション、井戸まさえ『無戸籍の日本人』(集英社文庫)が契機になって、この問題はよく知られるようになりました。様々な事情で戸籍をもてないまま暮らしている日本人が現在でも推定1万人いるといわれていますが、知れば知るほど「令和の日本で? まさか?」と思うような衝撃的な事例ばかりで、ミステリー作家の想像力を刺激するんじゃないでしょうか。

K 無戸籍問題は、「この人は誰なのか?」というアイデンティティーに絡めた謎を作りやすいので、ミステリーと結びつきやすいのかもしれません。フィクションの作例がいくつか生まれる中で、無戸籍者の扱い方、描き方が作品ごとにどんどん深まっている気がして興味深いです。

司会 松本清張『砂の器』のように、昭和30年代の社会派推理小説には、戦災や災害によって無戸籍になる、あるいは別人の戸籍を得る、といった趣向のものがいくつかありますよね。戸籍という日本特有の問題をミステリーに仕立てたいと思う作家の意識は、形を変えながら脈々と続いているのかも。

電子書籍
週刊文春ミステリーベスト10 2021
週刊文春ミステリーベスト10班

発売日:2021年12月09日

単行本
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辻村深月

定価:1,980円(税込)発売日:2021年06月09日

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