『ははのれんあい』窪美澄
――離婚し三人の息子を抱えるシングルマザーとなった由紀子。長男の智晴は、一家の大黒柱として母と弟たちを懸命に支え、家族のあり方を模索します。
大塚 私は小学一年生の娘がいるので、子を持つ母として、由紀子に感情移入しながら夢中になって読みました。特に第一部、由紀子の目線で語られる物語は密度が濃くて、息を詰めるように読みました。キヨスクで働き始め、子どもの保育園通いが始まると、帰宅する頃にはぐったりして家事どころではない、夫や義理の両親との関係もどんどんぎくしゃくしてくる、その様子が本当にリアルでしたね。少し残念だったのが第二部で、長男・智晴の視点になると、すでに由紀子は離婚していて、智晴もいつの間にか大きくなっていたので、展開の速さに驚いたといいますか、はしごを外されたような感覚になりました。せっかくなら、第一部と第二部の間、離婚が成立するまでのドロドロした感じも読みたかったです。
加藤 全体を通して本当に面白く読みましたが、私も第一部と第二部のギャップに戸惑いましたね。第二部で、急に母の恋愛が息子目線で書かれているので、「あれっ? いつの間に?」とびっくりしてしまいました。第二部は、由紀子という“母”と、双子の弟の面倒を見るという母の役割を担う智晴、ふたりの“母”の恋愛について書かれていくのかなと思っていたのですが、最終的に智晴の恋愛が中心になっていたので、そこも勿体ないような気がしました。
川俣 由紀子の恋愛をもう少し読みたかったですね。これは恋愛小説というより、智晴の物語なのかな? と疑問に思う部分はありました。でも家族小説としては本当に素晴らしく、色んな家族の形があっていい、お母さんもお父さんも恋したっていいよね、と思える良い作品でした。
花田 登場人物たちがみんな生き生きと描かれていて、全員に実在のモデルがいるのでは? と思うほどでした。今の時代に大人が恋愛をするとなると、シングルマザーやシングルファザーの問題は避けられないと思うんです。そこを窪さんがきちんと書いてくださったことが、この小説の魅力だと思います。夫・智久の不倫が原因で離婚した由紀子のことを、“浮気された可哀想な人”としてではなく、一人の人間としてその後の人生をしっかり描いているのが良かったです。
さらに智久は不倫相手である外国人の女性と再婚するのですが、もしこれが現実の話として、表面的にネットで晒されたら、「最低なクズ夫だ」と炎上して終わりだと思うんです。でも、この小説では、由紀子は子どもたちを智久に会わせているし、そのあたりがすごく現実の生活を書いているな、と感じました。とても好きな小説なのですが、これは母の恋愛を受け入れて、自分の人生をスタートさせていく智晴の物語がメインなのかなと思っていて……。「大人の恋愛小説」なのだろうか、と迷ってしまいました。
山本 特に良いなと思ったのが、夫の智久や長男の智晴の描き方です。ステレオタイプな男性ではなく、むしろ少し頼りない感じが今っぽくて上手いなと思いました。
大塚 私は逆に、智晴くんはじめ子どもたちがみんな良い子すぎて、あまりリアリティを感じられませんでした。そういえば、この物語の時代って、いつ頃なんでしょう。第一部で、布おむつと紙おむつ、どちらを使うかという話が出てきて、その転換期は大体一九八〇年代らしいのですが、第二部以降で時代を感じられる要素があまりなかったので、気になりました。
山本 時代設定については、家族や恋愛の普遍性を担保するために、窪さんはあえてはっきりと書かなかったのではないかと思います。時代背景、世相が見えると、どうしても読者の目線がそちらに行ってしまうので。
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